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「よしっ。これで全部だな」
グラウンドを見渡している陸の腕には、拾い集めた書類が山になっている。
「陸、重くない? 半分持つよ」
「これくらい大丈夫だ。ありがとうな。……って、沖田先輩何やってるんですか‼︎ 」
陸の視線を辿った先では、沖田先輩が野球部員と楽しそうにキャッチボールをしていた。
屋内専門だと言っていた割に、沖田先輩はとても器用にボールをキャッチしては投げている。とても様になっていて格好いい。
その姿は、もしかしたら一緒にキャッチボールしている野球部の部員よりも上手なんじゃないかな……なんて思わせるほどだ。
あれだけの身体能力を持った沖田先輩なのだから、なんの不思議もないのだけれど……。積極的に屋外で身体を動かしているなんて、ちょっと意外な気がした。
沖田先輩が野球をしている……なんだかとても貴重なものを見られた様な気がして、私の胸はドキドキと高鳴る。
沖田先輩……カッコいいですっ‼︎ キュンキュン♡
「え? 見て分からないの? キャッチボールだよ。岡田も一緒にやる? 」
無邪気な笑顔を浮かべながら「結構、楽しいよ」とボールを差し出した沖田先輩に「やりません」と陸が即答する。
「なにそれ。せっかく誘ってやったのにノリ悪いなぁ。まぁ、やらないならやらないでいいけど。じゃあ、いくよー‼︎ 」
「なんなんだあの人……本当に自由すぎるだろ。発言も行動も思想も……ちっ」
立ち直りの早い沖田先輩がそこそこの速球を投げたのを見て、陸が小さく舌を鳴らした。
あぁ……また陸がお怒りモードになってしまった。眉間に深いシワを寄せている陸を見上げながら、私は心の中で、なんかごめんね。と呟いた。
心の中で呟いたのは「お前は悪くない。悪いのは全て沖田先輩だ」そう陸が言うだろうと思ったから。
陸はいつだって優しい。だからきっと、私が悪いことをした時も、庇ってくれる様な気がしてならないんだ。
私が悪い時はちゃんと怒ってくれなきゃダメだよ、陸。私はまた心の中で陸に語りかける。
私たちは友達でしょ?
「沖田先輩は楽しそうにキャッチボールしてるから、私たちだけで資料室のお掃除の続き終わらせちゃおうか。早く終わらせなきゃいつまでたっても陸が部活に行けないもんね」
「そうだな。あの人はもともと戦力外だ。何かを期待する方がおかしい。俺たちでさっさと終わらせるか」
「うん。あと少しだから頑張ろうね」
「あぁ」
2人で校舎に向かって歩いていると、グラウンドに立ち尽くしている綾先輩が、ただ黙って空を見上げていた。
陽が傾き始めた空は、澄んだ青色に少しだけオレンジ色の光が混ざって、複雑な発色を織り成している。
その何色か表現しにくい空の色と、綾先輩の表情はどことなく似ているような気がした。
少しだけ寂しげに見えるその後ろ姿に、声を掛けてもいいものか……散々迷ったあげく、私は控えめに声を掛けた。
「あの、綾先輩。何を見てるんですか? 」
私の問いかけに、綾先輩がゆっくりとこちらを振り返る。その瞳は、やっぱりどことなく頼りなげに揺れている様に見えた。
「えっと……私、」
そこまで言って、綾先輩が言葉を切った。
「どうしたんですか。言いたいことがあるなら言って下さい」
綾先輩のどことなく思い詰めた様子を、陸も心配そうに見つめている。先輩、どうしちゃったんだろう。
吹く風が少しだけ強さを増した時——綾先輩が意を決した様に頭上を指差しながら「ごめん。窓閉めてくるの忘れちゃったみたい。あは」と言って肩を竦めた。
「え? 窓? ってまさか……」
慌てた様子で空を仰ぎ見た陸に倣って、資料室の窓に視線を向ける。
まるでそれが合図だったかのように、資料室の窓から書類が空へと飛び立っていった。
見ている角度は違えど、数分前に見た懐かしい光景に、私はそれがデジャヴであればいいのにと願った。
けれど、それはまぎれもない現実で——バタバタと忙しない音を立てながら、大量の紙が空から降ってくる。
「マジかよ……」
「マジ……だね」
下から見ると、白い鳥が羽ばたいているみたい……って、そんな呑気なことを言ってる場合じゃないっ。
私は沖田先輩の元へと駆け寄って、その腕を掴んだ。
「桃ちゃん、どうしたの? そんなに近くにいたら危ないよ? 」
「沖田先輩っ。キャッチボールなんてしてる場合じゃないです。あれ、見て下さいっ」
「え? 嘘、またー? 」
私の言葉に視線を上げた沖田先輩が、驚きに目を瞬かせた次の瞬間、がっくりと肩を落とした。
「もう、せっかく久し振りに屋外を満喫してたのに……綾ちゃんのせいで余計な仕事が増えたじゃん」
地面の上で重なり合っている紙の束をまとめながら、沖田先輩が綾先輩にじとーっとした視線を向けている。
「はぁ? あんただって同じようなもんでしょうがっ。文句言ってる暇があるなら、さっさと拾いなさいよっ」
「さっきから、めちゃくちゃ拾ってるじゃん。ほら、ほら。僕が手に持ってる紙が見えないわけ? 」
「見えてるわよ。口ばっかり動かしてないで、手を動かせって言ってるの。そんなことも分からないなんて笑っちゃう」
「はいはいはい。2人とも、くだらない喧嘩は後にしてくださいよ。桃、そっちに行ったぞ 」
「え? あ、ちょっと待ってよーっ」
ゆらゆらと気まぐれに行き先を変更する紙に翻弄されながら、私たちは最後の1枚を掴むまで——飽きることなくその手を伸ばし続けた。
神様が書いた運命という物語の結末は、きっと誰も知ることができない。
ハッピーエンドなのか……。
それとも、バッドエンドなのか……。
運命は変えられないのかもしれない。
だけど、私は諦めたくない。
どんなにツラくても必死になって手を伸ばす。
ハッピーエンドのページをこの手に掴むために……。
「つかまえたっ」
振り向いた先——沖田先輩がピースサインをして微笑んでいる。
私の恋はまだ始まったばかり。
——結末は、きっと、ハッピーエンド。
7月
眩しく降り注ぐ太陽——季節は夏
ここ———士英館高校は
まだまだ恋の季節です♡
終
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