メヒシバが描く分布曲線上の私たち

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 群生の中に、花序が十本程に枝分かれしたメヒシバを見つけた。思わずそれに手を伸ばしながら、過去を想う。 (でもね、ゲーテ、知っている? メヒシバの花序は、環境によってその分布曲線を変えることを)  高校生だった私が彼女のためにできることは何もなかった。まるで贖罪(しょくざい)のように――私はその次の夏も、次の次の夏も、百本のメヒシバを抜き、花序の本数の分布曲線を調べた。そこで分かったことは、生息する環境によって、分布曲線に変化があることだった。時には正規分布ごと中央値がずれたり、ゲーテが自身の位置として定めた”端っこ”の占める割合が増加することもあった。 (多分、あなたと同じ人たちが、この世界には確かにいるのよ。無論彼らは、”真ん中”ではないかもしれないけれど)  彼女を死に誘ったであろう過剰な繊細さについても、私は調べた。 (アメリカには専門の医師がいるし、研究者が発表した論文は日本でも注目され始めた。それに――)  続く想いは、私が最も口惜しさを覚える言葉だ。 (何故、私があなたと同じ側の人間である可能性に、気付いてくれなかったの?)  その問いかけに答えるあの子は、もういない。私は小さくうなだれた。  ゲーテがかつて持っていた繊細さは、気が付けば私のものになっていた。彼女の隣にあっては、私のそれは軽度で、目立たなかったのかもしれない。しかし年齢を重ねるごとに、私も自身の気質が少数派であることを自覚せざるを得なかった。 (ゲーテ、それでも私は、希望は捨てないよ。きっと”端っこ”の私たちの存在にも、意味はあるから)  私はメヒシバから手を放し――ゲーテがいるかもしれない、夏空にゆっくりと流れる雲を見上げた。       <了>
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