五年後…。

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五年後…。

「嵐、あんたの親父さんの残したもの。大事にしないとね。この蛭ヶ湖もきれいになったし。あんたのじいさんも、もう亡くなったけどね。そのじいさんが埋め立ててしまったここを、親父さんは、どんな思いで私らに託したんだろうね。ほんとなら、祠とこの公園造るの、自分がやりたかったんだと思う。洪水時は貯留施設として、普段は、こんな感じで子供たちが遊んでる。ほんとにいい光景ね。正彦さんも、きっと一緒に見てるよ。」  嵐と加奈子は、時おり薫る、爽風に吹かれながら、祠の近くに造設された公園のベンチに座っていた。 「父さんのことを思うと、無念だったと思うよ。でも父さんのおかげで、こんな祠も立派なのが出来たし、ここの町の人も、蛭児姫も喜んでいるよ。親父はすごいよ。大変な人生だっただろうな。僕とは短かい想い出だけど、この祠で親父の事も思い出すよ。それにしても、彩乃、なんか人多くなったよね。祠に参拝する人、地元の人でなさそうだし。若い人が多い。」  祠には、家族連れや、カップルが、手を合わせに来ていた。蛭が湖の畔の立て看板を読み、蛭ヶ湖に手を合わせる人もいた。 「あの時、野崎さんの週刊誌の記事で、ここの蛭児姫の伝説も載せてたからじゃない?50年前の双子の交換事件と、あの15年前の火事の真相が現在の爆発事件に繋がっていた事は、ワイドショーなどで、連日、大々的に取り上げられて世間は食いついてたしね。その時にこの祠の事が知られたのよ。それにしてもあの時はすごかったよね。5年経って、ほとぼりが冷めた今、やっと祠が完成したって、SNSで広がったみたいね。」  「こういう、SNSの“いいね”は大歓迎だけどね。あの時、野崎さんは、『異常な承認欲求は風間親子の生い立ちがどう影響したのか』なんてやってたね。確かに、犯罪を、環境や世の中のせいしてはならないけど、だた責めるのではなくてその背景も考える必要があるって、警鐘を鳴らしたものだったね。よく考えないで、“いいね”はしない方がいいし、その安易な承認が犯罪者を作る事もあるんだってね。彩乃のお母さんも、もちろん名前は出してないけど、地元だしみんな知ってる。逃げたことは賛否両論はあったけど、でも真実を知ったことで、みんな、温かかく迎えてくれたね。彩乃たちが能登へ戻って来れるように、あえて、ちゃんと書いたんだと思う。変に肩を持つように書くと、反感買う人もいるからね。」   「そうね、野崎さんには感謝してる。最初は嫌なやつだと思ってけど。祠の事を書いてくれたのが嬉しかったわ。こうやってお参りしてくれる人が増えたんだもの。祠は、いろんな、ここの歴史を見てきたのね。こんなに人が来てビックリしてるかもね。」   「寂しくなくていいと思ってるよ。きっと。姫たちのご機嫌も良さそうだし。今年は豊作っだって聞いたよ。」 「そうね、しかっり晴れて、雨もほどほどに降って。今日も、秋晴れのすごくいい天気ね。」 「ここは、ほんとに、良いところなんだけど…。」  嵐はそう言うと、うつむいて、言葉が止まった。 「どうしたの。」 「うん、あのかちかち山の事だけは、忘れる事が出来ないよ。」 「それ、私のほうが罪は重いよ。無理に忘れなくてもいいんじゃない?私は受け入れる。自分の子供にだって、絵本読んであげようと思ってる。」 「うそっ」 「だって、あの話は、火をつける事を言ってるんじゃないでしょ。相手を思いやる事を教えてる。まぁ、手段は子供に考えさせたらいいじゃない。私たちが体験したことで、良い方向に導くことができると思っている。」 「そうだね。反面教師ってこと?やっぱり、彩乃は強いなあ。それはそうと、彩乃は、看護師はまだなの?」   「まだだよ。あと2年。こっち来てから、母が体調崩して、しばらく、バイトもしてたし。」 「そうだったね。お母さん、大丈夫?」 「うん、長年の疲れが出たみたいね。今は元気よ。ばあばの施設で、調理の仕事してる。」 「そうか、良かったね。」 「嵐はどうなのよ。」 「なんか、母さん、再婚するかもって。そしたら、僕も能登来ようかな。って。」 「待ってる。」 「えっ、それって…。」 「深い意味…あるかな。」  彩乃は、そう言って恥ずかしそうに俯いた。 「えっ、マジ?」 「でも、看護師になってから、2.3年は仕事に集中したいから。待てる?」 「もっちろん。何年でも待ちます!」 「おばあちゃんにならないうちにね。」 「そんなに?」   「あ、嵐、お囃子が聞こえてきたわ。さ、行こうか。」   「あれ、彩乃、この子、ほら。」  彩乃が立ち上がろうとした時、小さな女の子が彩乃の足元に来て、彩乃を見上げていた。 「あ、あの時の…。」 「お姉ちゃん、あっちであそぼ。」 「彩乃、もう一人来たよ。うそっ、双子だ。同じ顔。」 「もう、また、こんなとこに。こっっちおいで。」 「あ、洋子おばちゃん。」 「私の孫なのよ。」 「双子って言ってたっけ。でも、ビックリしたあ。お母さんの小さい時にそっくり。」 「彩乃って、加奈子の小さい時の事知ってるの?」 「えっ、あ、写真、写真見せてもらった事あるから。」 「そっか。ま、初めましてだよね。お祭りで金沢に里帰りしてて、まあ、にぎやかよ。さっきから、祠のところに来たがって。」 彩乃はしゃがんで、二人の女の子の頭を撫でながら、聞いた。 「楽しい?」 「うん、お友達いるから。」 「一人?」 「ううん、白いお友達が二人いるよ。可愛いの。」 「蛭児姫が遊んでくれるのよ。きっと。」 「そうなの、この子たち、お友達と遊んでくるって言ってはここに来るのよ。」 「やっぱりいるのね。」 「お神輿、来るよ~。」 「パパ呼んでる、行こか。」  洋子たちのあとについて、彩乃たちも、高台から、通りを眺めた。 「彩乃、あれ、あの人、野崎さんじゃない?」 「あ、ほんとだ。でも神輿って、厄年の男性が担ぐって聞いたけど。まだ、早いと思うけどな。」 「あ、あの人?祠が新しく建って初めての、祭りだからって、どうしてもってお願いしたみたいよ。」  隣の洋子が言った。 「へえ、そうなんだ。白装束、案外似合ってんじゃん。」   「彩乃、ばあば、連れてきたわよ。すごいわね。車いすも来れるようにしたなんて。昔はここ石段だけだったのにね。母さん、ほら、ここから見ると、いい眺めよ。」   加奈子が、息を切らせながら、文子の車いすを押して上がってきた。 「本当だね、この歳で、車椅子になっても、こんないいものが見れるなんて、幸せだね。加奈子もありがとう。」 「お母さん、こんなとこまで、車いす押して来れるようになったのね。」 「そう、体力がだいぶついたわ。母さん、あれ見せてあげないと。」 「そう、そう、彩乃、桜貝、くっつけておいたわよ。」 「ばあば、ありがとう、よく、こんな綺麗に、くっつけたわね。」 彩乃は小瓶を陽にかざし、光に透けた桜色を眺めていた。 文子は、巾着の中から、小瓶をもう2個取り出した。 「どうせ、暇だもの、コツコツとやったわよ。」 「ばあばとお揃いだ。嬉しい。親子3代揃ったね。」 「彩乃、この桜貝持って、三人で、写真撮らないかい?」 「あの時の写真みたいに?ばあば、それいい考えね。ね、嵐、撮ってよ。」 「OK!そこ並んで。みんな、本当に美人だね。3姉妹みたい。惚れ惚れするよ。」 「なんだか、如何わしいカメラマンね。」 「あ、あれ…。」  嵐は画面を見て、手が止まった。 「嵐、どうしたの?」 「いや、ま、あとで。」 「早く撮ってよ。」 「行くよ!ハイ、チーズ。」 「嵐さん、ありがとう。加奈子、嵐さん、いい青年だと思わない?」 「そうなのよ、早く、孫の顔が見たいんだけどね。」 「あら、じゃ、私は、ひ孫が見れるのね。」 「ばあば、まだ、早いわよ。」 「私が生きているうちにね。まだ、まだ、お迎え来ないように、お姫さまにお願いしとかなきゃ。いいねえ、楽しみが増えたわ。」  輝きを増した三世代の女性の笑顔の写真を見て、加奈子と文子は、とてもよく撮れていると嬉しそうにしていた。 その様子を見た嵐は、不思議そうな顔をしていた。 「嵐、どうしたの?さっきのも何なのよ、気になるんだけど。」 「写真見て。」 「あ、これ…。」  祠の上には、白くぼやけた、霧のような空間に、彩乃によく似た二人の女の子が笑顔で写っていた。 蛭児姫…だよね。 「この子たち、ぼくと彩乃にしか見えてないみたいね。」 「うん、このことはは言わないでおこう。」  彩乃と嵐は、ゆっくりと祠に手を合わせた。 何を言ったの? 「蛭児姫に、この町を守ってくれてる感謝の気持ちと、これからは、しっかり祠を守るからって。あとは…言うと、叶わなくなるから言わないよ。」 「気になるけど、また叶ったら教えてよ。」   「私が天国へ行く時ね。それは。」   嵐、ありがとう。ずっと一緒にいてね…。
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