新たな疑問。

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新たな疑問。

「いらっしゃい。嵐ちゃん。平和ちゃんも連れてきてくれたのね。ありがと。彩乃は?」   「あとで、来ると思うよ。ママ、平和を連れて来いって、なんで?」   「平和ちゃんに頼みたい事あるのよ。」   「嬉しいです。達也ママの頼みなら何でも言ってください。お金の事以外なら。」    風間平和は、すくっと立ち上がり、お辞儀をした。   「いやあね、平和ちゃん、ガス管工事とかの仕事してるって言ってなかった?」   「ええ、そうです。飲食店とかからの依頼を中心にしています。」   「良かった。ごめんね、うちのも見てほしいのよ。」   「いいですよ。どんな感じなんですか?」   「ここも古いからね、ガス管が、錆びてるんじゃないかって。ガス漏れとかはなさそうだけど。」   「分かりました。見てみます。」   「じゃ、お願いするわ。」    平和の行動は早かった。   「あぁ、これですね。交換したほうが良さそうですね。しばらくは大丈夫だと思うけど、腐食が進行してるし、そのうちガス漏れ起こしますね。部品は余ったもので代用できそうなので、今度持ってきます。」   「助かるわ~。お代ちゃんと請求してよね。」   「いえいえ、これくらいサービスですよ。」   「まあ、平和ちゃんて、なんていい人なの。じゃ、こうしましょ。今日の飲み代は取らないという事で。」   「ママ、自分は?」   「嵐ちゃんは、きっちりいただくわよ。」   「えぇーっ」   「しょうがないわね。嵐ちゃんは半分でいいわ。平和ちゃんを連れてきてくれた紹介料ってことで。」   「やったね!」   「ねぇ、ママ、この子、可愛い顔して男らしい仕事してるのね。このギャップが良いわ。化粧も似合いそうだと思わない?」   「あら、メグミ、タイプなのかしら。まぁ、確かに、細身で、可愛い顔立ちね。それじゃ、ライバルになるじゃないの。」   「あら、やだ、それはだめね。今の無しで。」   「ママたち、変な事いわないでよ。平和が困ってるよ。心配しなくても、そんな趣味ないから。大丈夫だよ。な、平和。」   「そうですね。実は、小さい頃に、母親にスカート履かされたりしたこともあったけど、友達に笑われたの覚えてて、返ってそれがトラウマで、今の自分にはさすがに無理ですね。」   「ママ~」   「誰?えっ彩乃?」   「どうしたの?いつも無言で入って来るのに。」   「良いじゃないの。嵐、先に来てたんだ。この人は?」   「風間平和と言います。」   「あ、この人が、そうなんだ。へえ。」   「何、嵐この人に僕の事、どういう風に言ったの?」   「別に何も。そうだ、彩乃、あの後、どこ行ったんだよ。」     「おばあちゃんとこ。施設に入ってるって聞いたから。」 「へえ、彩乃のおばあちゃんて、元気なんだ。」   「うん、車いすだけどね。元気だった。それより、さっき何が半分って言ってたの?」   「いやね、ママから、古くなったガス管を見てほしいって、平和、そういう仕事してるから、見てあげたら、今日の飲み代タダだって。平和はね。自分は半分だって。」   「嵐、何も関係ないじゃん。」   「紹介料。」   「意味わかんない。」      ドアが開いた。   「あら、いらっしゃい。なんだ、あの時のおまわりさんと、えっと誰でしたっけ。」   「野崎です。」   「そうっだった?この前の人とは違うのね。最近名前が覚えられなくてね。それで、今度は何の用なの?」    ママの冷ややかな目と低めの声で、橋本は口籠ってしまった。   「あ、あの彩乃さんにちょっと。」   「どうぞ、ここ座って。」    そう言った彩乃の声に皆の視線が集中した。いつも拒否的態度をとっていた彩乃が、素直に聴取を受けようというのである。   「彩乃、なんかあった?なんか、いつもと違うんだけど。」    彩乃は笑みを浮かべていた。   「大丈夫?なんか変。」    嵐が彩乃の顔を覗き込んでいると、隣で座っていた平和が、やんわりと席を立った。   「ごめん、嵐、ちょっと用事、思い出したわ。」   「あら、平和ちゃん、もう、帰っちゃうの?ガス管みてくれて、ありがとね。また、よろしく。」   「あ、はい。来週にでも道具持って伺います。お先に失礼します。嵐、ごめんな。」    平和はそそくさと帰って行った。   「今の人は?」    野崎が彩乃に聞いた。   「この人のお友達、ガスの工事屋さんだって。風間さんって言ったっけ。」   「ガス工事ね…。」   「どうしたの?」   「いや、何でもない。」   「そういえば、この前も、偶然だけど、風間さんて女性にあったわ。私に似てる人が写ってる写真持ってた。写真の持ち主が一緒に仕事してた人で、サトコって言うんだって。いつも写真見て泣いてったって。返したいけど、どこ行ったかわからないって。この写真の娘さんですかって声かけてきたの。」   「なんて、答えたの?」 「母はサトコという名前ではありませんって言ったわよ。」 「その人、の連絡先は聞いてるの?」   「一応。でもなんで。」   「あの女性のこれまでの動向追ってて、ちょっとした情報でもいいから知りたくて。」   「ふーん、関係あるかわかんないでしょ。個人情報だし、教えないよ。で、何の用?」    いつもの彩乃の口調になった。この人にはやっぱりそうなんだと思った。嵐は少しの優越感を感じていた。   「洋子さん、病院来てったよ。声かけたけど、女性は窓の方ばかり見て、顔も向けてくれなかったし、何も答えてくれなかったけど。泣いてるようだった。やっぱり、櫻井加奈子だね。あとは、検査結果が分かれば、本人が言わなくても決まりだ。あのあと、看護師からも、左利きのようだとも聞いた。洋子さんから聞いていた加奈子さんの特徴とも合っている。」   「やっぱり自分の母みたいね。」    彩乃は、煙草に火をつけた。   「なんだ、やけに素直だな。もしかして、能登で何か分かったのか。」      彩乃は、煙草を長く残し、灰皿に押し付けた。    そして、嵐の言葉も挟みながら、嵐の父の正彦と自分の祖母から聞いた話をした。   「あんたらが、繋がってたなんてな。という事は、やっぱり双子で生まれたが、医療ミスをネタに、死産の子と双子の一人を入れ替えたという事か。15年前の火事で亡くなったのは、加奈子さんという事になってたけど、実は、智子さんが、そのネタを引っ張り出して、加奈子さんとしてあの家に入り込んでた。火事が起きた当時、家にいたのも智子さんか。ひどい話だ。」    嵐はこの話以降、言葉が少なくなっていた。   「そう、私が小さい頃から、私に虐待をした母と思ってた人は、智子さんだった。祖母の話では、何故、母が逃げたのかは分からないって言ってた。」   「なんか、ごめん…。」   「なんで、嵐が謝るのよ。」   「だって、自分の祖父と祖母がしたことで、…。」   「あんたには関係ないでしょ。この前まで知らなかったんだから。お母さんも、これまで嵐になんで言わなかったか分かってるでしょ。」   「うん、でも…。そんな悪魔のような血が自分には流れてるんだ。DNA持ってるんだよ。」   「そんなの関係ない!バカじゃないの。もう。」    彩乃は、頬を紅潮させて怒った。   「彩乃だって、DNA検査、受けたじゃないか。そういう繋がりが大事だからだろ?」   「それと、これとは違う。もし、私が悪魔の子だと判明しても、それを受け入れるわ。でも、私は私。そうでしょ。検査したのは、私が誰を憎んでたのかが、分からなくなったからハッキリさせたくなっただけ。」   「悪魔の血を受け入れるなんて出来ないよ。自分は、平凡が嫌で、何か起こらないかと、いつも思ってた。きっと、そういう血がそうさせるんだよ。」   「じゃあ、あなたは悪魔なの?誰かにそんな酷いことしたの?平凡な日々何がいけないの。あなたのお母さんが、あなたを守ってきたってことでしょ。お母さんの気持ちも分かってあげてよ。しっかりしなさい!それにお父さんだって、悪魔だと思った?逆にその悪魔と闘ってきたじゃない。それを何よ、ぐじゃぐじゃと、これからは、嵐が、あんたが、お母さんを守らなきゃ。お父さんだって、自分の死を前にして、力を振り絞って、あなたに伝えたのよ。お父さんの声に応えないと。」    嵐も彩乃も、眼を真っ赤にして、泣いていた。    周りで、拍手が起こった。   「彩乃ちゃん、あなた、ただの女じゃないと思ってたけど、素晴らしいわ。ね、野崎さん、おまわりさん?」    ママがおしぼりを持ってきて、そう言いながら、彩乃と嵐に渡した。   「そうだな、ちょっと、感動したよ。」   「ばかばかしい。当たり前のこと言っただけよ。嵐があんまり頼りないから。」    彩乃は、化粧がとれるのもかまわずに、おしぼりで顔を覆うように、涙を拭った。   「その感動の話を止めるようで悪いが、ちょっと気になってる事があるんだが。」    野崎は、引っかかている疑問を、嵐に聞いた。   「さっきのガス屋さん、風間って言ったっけ?この辺の人?」   「元々は、どこか分からないけど、田舎にいたって聞いたことがあるけど。今は、この辺だと思う。平和んちにはいったことないから、場所までは分からないけど。」   「家族は?」    今度は橋本も聞いた。   「さあ、家族の事は、あんまり話さないから。」   「なんで、そんな事聞くの?きちっとして、真面目すぎるくらい、真面目な奴だよ。困った人を助けたりして。本人は何も言わないけど、相手がSNSに上げたりして、それが分かるくらいで、良いことしても、鼻にかけないし。」   「そうだよな。悪かった。今の忘れてくれ。」   「そうよ、平和ちゃんに限って、警察が関わるような人じゃないわ。」   「わかった、わかった。もう言わないから。」    野崎は、彩乃の何か言いたげな様子が気になった。   「彩乃、なんか、静かだな。」   「別に、あんまり関わってない人だし。」   「そうか。じゃ、鑑定結果出たら、連絡するよ。そしたら、母親に会うか?」   「うん、向こうが会いたがっているか、わんないけど。」   「あの様子だと、彩乃が行くと分かると、また姿消すかもしれないしな。ここは、慎重に行くよ。自分が加奈子であることを、こっちがもう知っていることを分かっていると思うが、何も語らない。その辺の謎がまだ解けないんだ。」       「橋本、どう思う。」    蛇夢を出た野崎は、橋本に聞いた。   「あぁ、やっぱり、引っかかるな。俺たちが来たとたん、帰ったしな。  ママのおまわりさんの言葉で、反応してたよ。」   「なんかあるな。」   「うん、なんか、ある。」   「橋本、ガス工事って、どうなんだろうか。」   「あの事故か。」   「そう、無理やりだと思うが、何か、引っかかる。」   「野崎、これ見てみろよ。」    橋本は、SNSで『平和』で検索をした画面を野崎に見せた。   「あの爆発事故の日、今回と5年前の投稿、見てみた。」   「なんだ、どっちの日も、現場のビルの壁の焼けた跡を載せているよ。偶然の遭遇、消防やパトカーで騒然とした現場と投稿があるな。」   「すごいとか、持ってるね、とか、何か勘違いなコメント多いな。いいねが100以上もある。じゃないだろ。人が亡くなってるんだ!」   「そう興奮すんな。ま、気持ちはわかる。すっごい分かる。あの風間ってやつは、二面性があるかもしれないな。他の投稿も、その偶然てやつが多いよ。これ、いいねが欲しくて、ネタを作ってはSNSに上げる、承認欲求っていうやつだ。でも、まさかこの事故まで起こすとは無いと思うが。ちょっと調べてみるよ。」   「頼む。あと、彩乃が言ってた、同じ風間って女性も。彩乃が写ってた写真の持ち主を探している。なんか、気になるな。その写真が彩乃としたら、持ち主は加奈子になる。」   「彩乃、明後日、また能登行くよ。父さんに会いに行く。なんか、この前は、父さんが、しんどくなって最後まで話せなかった。どうしても、まだ伝えたい事があるみたいなんだ。なんか、怖いよ。彩乃も来る?」   「行きたいけど、私はいいわ。働かないと。休んでもいられないし。嵐はお父さんの言葉にちゃんと向き合うんだよ。なんか、分かったら、教えてね。」   「うん、分かった。」     「嵐ちゃん、あなたについてた白蛇、まだいるわね。でも穏やかよ。この前はなんか、とげとげしい感じだったけど。あなたの守り神なのかもね。彩乃は?彩乃はなにもついてないの?」   「彩乃も…同じ、似てるのよ。性格がちがうけど、なんていうか、こう魂というか、同じなのよ。」   「ふ~ん。よくわかんないや。じゃ、仕事行くわ。稼がないとね。」
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