嵐の苦悩

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嵐の苦悩

「ママ、これお土産。」    嵐は気怠そうに、お土産の紙袋を差し出した。   「あら、ありがとう。今日は、一人なの?なんだか疲れた感じだけど、嵐ちゃん、大丈夫?」   「大丈夫。でも、色々とあったから、多少、疲れてるかな。」   「そうよね。嵐のお父さん亡くなったんだものね。大変だったわね。」   「うん、それでね、達也ママ、相談したいことがあるんだ。」   「どうしたの?」    達也は、いつになく神妙な嵐に、店の奥にある個室の席を準備した。    嵐は、水を一気に飲み干した。一度、深呼吸をした後、話を始めた。   「亡くなる前に、お父さんから、聞いたことなんだけど。」   「大事なことなのね。」   「うん…。」   「それで、どうしたの?」   「彩乃の事なんだけど。」   「彩乃の事を?嵐のお父さんから?」    嵐は彩乃との関係や、能登で、亡くなる前に正彦から聞いた事を話した。   「へえ、そんな繋がりがあったなんてね。驚いた。世間は狭いわね。で、その火事で、火をつけたのは彩乃って言うこと?でも、本人は覚えてない。その事を彩乃に伝えないと、彩乃もお母さんも、ずっと苦しむ事になる。なんだか、現実に起こった話とは思えないわね。でも、火をつけたところは見てないんでしょ?」   「そうなんだけど、そうとしか考えられないんだ。他に火の気もなかったし、一階には彩乃以外誰もいなかった。でも、とても僕には言えないよ。それに僕がかちかち山で煽ったなんて。僕のせいでもあるんだよ。どうしたら、いいのかと思って。」   「そうねえ、それは深刻ね。何かのタイミングで本人が思い出してくれると、いいんだけど。嵐ちゃんが、それを言ったところで、彩乃が受け入れるかどうかもわからないわよ。本人の記憶が無いんだもの。それが元で、あんたとの関係も崩れないとも限らないし。そんな子ではないと思うけど。」   「そんなの、嫌だよ。どうしていいか分かんないよ。」    嵐は頭を抱えて、涙声になっていた。   「彩乃の事好きなのね。」      嵐は、鼻をすすりながら、頷いた。   「そっか。で、あのおまわりたちには言ったの?」   「亡くなったのは智子という事は言ったけど、彩乃の事は言ってないよ。言えないよ。」   「そうだ、催眠療法受けるの、説得してみる?この前はきっぱり拒否されたけど。」   「どうやって?」   「そうね、やっぱり、変な画策はしないで、本人が納得の上で、ストレートに火事の記憶と向き合うためにって言うしかないわね。」   「そうだよな…。」   「今日はメグミ、休みでいないのよ。ていうか、他のお店も行ってるから。今の事聞いてみるわ。」   「わかった。ありがとう。ママに相談して、少し気持ちが楽になったよ。」   「そう、良かったわ。ねえ、それより、平和ちゃん、まだ来てないのよ。忙しいのかしらね。日を決めてたわけじゃないし、わざわざ、連絡するのもね。平和ちゃんのSNS見ても、最近投稿がないから、やっぱり忙しいのかしらね。なんか、聞いてない?」   「僕も最近、連絡とってないから、分かんないけど。忙しいのかも。」   「お願いね。急がないけど、早めにね。」         「野崎、先生のところ、行ってきたのか?どうだった?」   「すごい、疲れたよ。」   「その顔見たらわかるよ。ま、今日は、一杯やってくれ。お疲れさん。ここ個室みたいなもんだから、ゆっくり話せると思うよ。」   「橋本、これが、個室か?」   「周り衝立あるし、隣と少し空いてるし、大声でなければ、大丈夫だよ。」    橋本は、野崎の催眠療法の結果を聞くために、自分の行きつけの居酒屋を予約していた。   「能登で言われた通り、自分は父親とあの火事の現場にいた。助けに入った時、火だるまの人間に自分の足を掴まれたんだ。その時の火傷がある。母親から、熱湯をこぼした火傷と聞かされてた。自分には、火事の記憶はなかったから、それをずっと信じてた。」   「うわ、それは、キツイどころの話じゃないな。」   「でも、もっと恐怖に思ったのは、彩乃が笑ってたんだよ。」   「は?」   「燃える自分の家を見て、笑ってたんだよ。まだ7歳の彩乃が。」   「彩乃と一緒にいたのか。」   「親父と逃げて出てきてから、呆然と燃えてる家を見てたら、立ってたんだよ。飛んでくる火花を避けもせず、炎に照らされた顔が、まるで勝ち誇ったような表情だった。」   「幼さの上に塗られた、あの恐ろしい笑顔が、中学生だった自分の記憶を消したんだと思う。」    野崎は、うつむいたまま、ビールにも手を付けず、溜め息まじりで話した。   「火つけたのは、彩乃‥という事か。」   「それはわからないが、あの顔はな…。頭から離れないよ。」   「聞いた自分も、夢に出てきそうだよ。」   「橋本、こう考えられないか?」    野崎は顔を上げ、ようやく、ビールを一気に中ジョッキ半分ほど喉に流し込んだ。   「加奈子は、自分を放火犯の智子にしておいた方が、彩乃がいじめられなくて済むと考えたんだ。自分の親が放火犯で逃げているなんて、いじめっ子にしたら、絶好のネタになってしまう。だから、彩乃を守るためだったと。」   「そういう事かもしれない。でももう、あの女性は加奈子と証明された。本人もそれをわかっている。どう動くのか、注意しないとな。それと、15年前の事を捜査し直さないといけなくなるな。放火殺人となると、時効はない。亡くなったのは、加奈子ではなく、智子だったという事も、犯罪を臭わせるには十分な、物証になる。その上、逃げたという事になるからな。いろんな状況が、加奈子を犯人だと言っているよ。だから、親子と名乗れないんだろう。」   「そうなると、風間親子がどう絡んでくるのか。ガス屋の息子と火事で亡くなった、櫻井光一の、不倫相手の風間典子。関係があるのか、単なる偶然で全く関わっていないかのか。橋本、風間も、もちろん調べるんだろ?」   「その風間親子だが、上に今回の爆発事故の事件性が見えてきたと無理やりねじ込んだよ。それで、自分、能登まで行って来たよ。」   「話してくれたのか?」   「典子が住んでいた近所の人達は、あの15年前の火事のことは良く覚えていて、やっと捜査してくれるのかと、たくさん話してくれたよ。典子自身、近所とのトラブルが多かったようで、あっさりと捜査が尻すぼみ状態になったのが、不満だったみたいだったよ。それで、分かったのは、15年前の人間関係だ。風間典子は、当時、再婚前で旧姓の小坂典子だった。その典子はよく、光一を巡って智子とぶつかっていたらしい。智子が風間の家まで乗り込んでいったそうだよ。それで、パトカーも来て、ちょっとした騒動になってたようだ。だから、当初、典子が放火の疑いがかけられたたようだ。まあ、どっちもキツイ性格だったのはみんな言ってたよ。」   「親子関係は?」   「典子の息子さん、平和だが、そんな母でも親子関係は良かったようだ。典子さんのところに光一さんが来て、その光一さんが、典子に怒鳴った事があって、それを見た平和が、光一に小さな身体をぶつけに行ってたって。お母さんがいじめられてたと思ったんだね。そして母親を光一に取られる気がしたんじゃないかって。」   「斎藤嵐には聞いたのか?」   「嵐くんにも、風間の事を聞いたけど、あまり、昔の事は話さなかったようだったね。でも、風間のことではないが、もっと重要な情報を教えてくれたよ。彩乃さんと能登で繋がってたことも驚いたが、嵐くんのお父さんが、あの火事で亡くなったのは智子さんであるという事をハッキリ証言したそうだ。あとその理由も。結局、加奈子と言う存在を乗っ取った智子と光一が暮らしていた。だから、周囲は加奈子だと信じていた。彩乃も騙してたんだからな。」 「彩乃からも、メールでその事は知ったよ。確かに驚いた。それに、まさか、嵐の父親が、火事の真相を知ってたなんてね。それで、嵐くんは、風間の事聞かれることに、なんか言ってなかったか?」 「嵐くんか?うん、やっぱり、平和の事、何か疑ってるのかとね。」  こうも言ってた。 『この前、橋本さんに風間の事を言われて、SNSあんまり見なかったけど、見てみたよ。事故の日、確かにSNS上げている。これまでも、平和が色々遭遇することに、自分は羨ましいと思ってたし。だから、SNSは見ないようにしてたから。嫉妬に近いかな。考えてみたら、偶然が多いなって気もする。台風の動画も進路の方向に出かけているんだ。元々予定があった地だと言っていたけど。そういうことが確かに多い。でも、友人なんだ。』 「なるほどね。偶然なのか、必然なのか。」 「捜査進めるよ。加奈子の行動もこれまで以上に、注意しないとな。監視依頼したよ。」    橋本の携帯が鳴った。  橋本の顔に緊張が走った。   「加奈子が、いなくなった。」
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