悲しみの涙は炎に焚べる(一)

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「春なんて、どうでもいいよ……。だけど、お母さん。お母さんと一緒にいたい。これ以上寒くなったらお母さんが……」 「春を、春の訪れを知らないと。お父さんが"冬の王"を倒したことを知らないと」  父は私が四つの時に"冬の王"を討つために家を出ていった。あるのはおぼろげな記憶だけ。母はまだ父の帰りを待っているが、もう十年だった。  "冬の王"の姿を見て無事だった者はいない、というのは子どもでさえ知っている噂話だ。だから。 「あの桜が咲くことなんてないよ! 折って薪にしようよ! お父さんが出て行ってからもう十年だよ。あの"冬の王"をどうやって倒すの? 不死だって話も聞いたことある。お父さんはもうきっと……」 「……ハツネ。それより先は言わないで」  細い手で私の腕を弱弱しく握り、懇願するように母は言った。私はその祈るような眼を見て何も言えなくなってしまう。ベッドから起き上がることも困難になった母にはそれだけなのだろう。いつか父が"冬の王"を倒して春が来るという、それだけが希望なのだろう。 「お母さん。私は……、お母さんに元気でいてほしい」  母は目を閉じ、しばらく押し黙ってから答えた。 「大丈夫よ、ハツネ。いつかきっと、春は来るから」  そんな母の応えになっていない応え。 「…………うん」  私は苦い感情を押し込めて、小さく頷く。そして母に笑いかけた。
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