ヒトゴミさん

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ヒトゴミさん

 何時(いつ)ごろからか毎年8月の新宿駅東口は,地方から家出をしてきた少年少女がうろつく場所として知られるようになっていた。  当然,警察も巡回を増やして子供達の保護をしていたが,歌舞伎町一番街の派手な赤い電飾のアーチを(くぐ)り抜けて闇に消えていく子供達のほうが圧倒的に多かった。  子供達は好奇心と大人の世界に憧れて軽い気持ちで新宿を訪れるのだろうが,彼らを喰い物にする大人達で溢れかえった歌舞伎町の裏の顔は,一度入ったら二度と出ては来れない伏魔殿のような世界でもあった。  新宿駅東口を出ても派手な電飾のアーチを前にして,恐怖に耐えられなくなり自ら派出所に向かう子供もいれば,何時間もアルタ前広場で大人に保護されることを望んで座り込む子供もいた。  アーチの向こう側は,そんな少年少女を薬物中毒にして,違法風俗店で働かせる大人が当たり前のようにいる場所だった。それでもその程度なら,まだ表の世界に戻って来れる可能性もあり,実際にそこから這い上がって有名キャバ嬢やホストになった者もいた。  歌舞伎町の有名ホストクラブのオーナーであるケンも,そんな世界から這い上がってきた一人で,幸せな家庭に産まれ育ち,軽い気持ちで小遣い稼ぎにやってくる学生ホストやキャバ嬢を死ぬほど嫌っていた。  しかし伏魔殿のさらに奥底には,歌舞伎町に出入りする大人達も,ケンでさえ脚を踏み入れることを躊躇する世界があった。そこに引きずり込まれた子供達は,二度と陽の光を見るどころか歌舞伎町に来たことを後悔しながら底なしの闇へと沈んでいった。  そんな伏魔殿の最下層とも呼べる,雑居ビルの一室に一人の男が住んでいた。
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