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64:作戦
空川辰平は、梅とおかかのおむすびと、ペットボトルのお茶を手に航太郎の部屋の前に立った。
部屋に招き入れられて、言葉を失った。
制服をきちんと身に付けている階級一佐の幹部。そして、毛布にくるまった年端もいかない外国人とおぼしき少女。
なにをどう解釈すればいいのか分からず、辰平はたじろいだ。
「入り口に立っていないで、あなたも中に入ってください」
航太郎は、辰平の手からおむすびとお茶を受け取ると、少女に差し出した。
「言っても分からないだろうが、食べなさい。空腹でしょう?」
少女は、険しい目つきでじっとしていたが、航太郎が一口ずつ自分で食べて見せると、おむすびをひったくり口に運び始めた。
「あの・・・天海一佐、これは・・・」
辰平は、おどおどしながら尋ねた。
「敵国からさらわれてきたのでしょう」
航太郎は、さらりと答えた。
「あるいは、こんなご時世です。どこかで人身売買されて、ここに行き付いたのかもしれません」
辰平は、二の句を継げなかった。既に自分の務めは果たしたのだから退室しても良いはずだが、退室するという発想も浮かばないほど胸が痛んだ。
それを見抜いて、航太郎は腹を決めた。
「あなたは、確か・・・」
「・・・えっ?」
「空川辰平。有事により徴集された、もともとは民間の調理士でしたよね?」
「あ、はい・・・。よくご存知ですね」
「ここにいる人間の素性については、一通り頭に入っています」
航太郎は、がつがつと飲み食いしている少女を一瞥してから、言った。
「この子を自由の身にします。そのため、あなたの力をお借りしたい」
「え!」
辰平は思わず大声を出し、それから、慌てて口を手で押さえた。
「作戦はこうです。ここから十キロほど行ったところに、某国のコミュニティがあります。彼女が某国の人間かは分からないが、民族的にはそっくりだ。彼女をそこに移動させます」
「移動させるって・・・」
「コミュニティは、ある程度の自治を行っているし、日本と某国は今のところ友好関係にありますからね。彼女をコミュニティに紛れさせてしまえば、軍といえどもそれ以上の追及はしないと思います。要するに、彼女は助かる」
航太郎は、にやりと右の口角をあげた。
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