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73:大好き
「頭、ぶつけたの? ちょっと見せて」
シナコは、コータローの上に四つん這いになると、彼の頭に手を当てた。
「あ~、こんなところに石が・・・。ついてないねえ、コータロー」
シナコは、「ははは」と笑った。
「血は出てないみたいだけど、ちょっと瘤になるかもね。今すぐ治すよ」
シナコの体が、コータローに密着する。
コータローは、あまり何も考えていなかった。
一つだけはっきりと思ったのは「これしきの怪我で、シナコの体にダメージを与えたくない」ということだ。
コータローは、シナコの背中に腕を回すと、互いの上下が入れ替わるように体を動かした。
その時、また波が寄せてきた。二人の体の間に入り込み、引いていく。
コータローは、シナコの唇に口づけていた。
次の波を待たずに、コータローは、身を起こした。
自分のしたことに呆然となり、次には顔が赤くなった。砂浜に正座をして、うつむく。
続けて、シナコも起き上がった。が、コータローは、シナコの顔を正視できなかった。
不慮の事故でないことは、己が一番良く分かっていた。弁解の余地はないし、取るべき言動が分からない。
「ねえ、コータロー」
シナコが先に口を開いた。
コータローは、返事すらできなかった。顔色は、赤から青に転じていた。
「あなた、私のこと、好き?」
「は」
コータローは、否定とも肯定とも取れない声を、かろうじて発した。
「もし、もしだけど」
シナコは、座ったまま上半身をかがめて、無理矢理コータローと視線を合わせた。気まずそうに眉を下げているコータローに、告げる。
「本気で私を好いてくれるなら、私、人間社会で生きていけるかもしれないんだよ」
コータローは、首と背筋を伸ばした。まじまじとシナコを見つめる。
「え・・・それは、どういう」
「それとね」
シナコは、照れたように顔をくしゃくしゃにして笑った。
「私は、コータロー、大好きだよ」
シナコは、正座しているコータローに正面から抱き着いた。首に両手を回し、互いの頬をくっつける。
コータローは、シナコの首のにおいを吸い込みながら、まだ呆然としていた。
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