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5:足元に横歩き
「私に近づかないで下さい! この変態!」
コータローは、砂浜に放り出したままにしていたリュックを素早く拾い上げると、二人に背を向けて走り出した。
「あ! ちょっと待て! こんな場所で、一人でどうするってんだよ!」
タッペイが呼び止めたが、コータローは俊足らしく、ぐんぐん遠ざかっていく。
「おいってば! 待てよ!」
追いかけようとしたタッペイを、ユタカが肩をつかんで止めた。
「やめとけ」
「でも!」
「向こうから消えてくれたならラッキーだろ。あんな奴とうまくやっていける訳ねえんだ」
ユタカは、両腕をまっすぐ天に突き出して伸びをした。それから、気楽そうに笑った。
「とにかく、ちょっと座ろうぜ。椰子の木陰もあるしさ。水でも飲んで、一息ついて、それから今後のことを考えようや」
「水って・・・どこにあるんだよ」
「荷物の中に、水筒が入ってただろ? 携帯食料もあったはずだぞ。少し腹に入れようや」
タッペイは、まぶたを半分下ろして言った。
「それ・・・全部、今、コータローが持ち逃げしていったぞ」
「えっ!」
ユタカの体が硬直した。
「水と食料だけじゃない。ナイフとか、ライターとか、ロープとか、全部あのリュックに入ってた。僕たちは今、手持ちがなにもない状況だ」
一瞬の間があった。
次には、ユタカは、「おんどりゃあ~~~」と聞き取れる怒声をあげながら、コータローのあとを追いかけ始めた。
「やめとけ、ユタカ! もう姿も見えないじゃんか!」
タッペイは、無駄にエネルギーを消費している友人の背に呼びかけた。
それから、水平線を眺め、空を仰ぎ、己の足元に視線を落とし、呑気に横歩きをしている蟹を認めて、ため息をこぼした。
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