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届かない月の唄
「俺が、助けてやる」
俺は、本当に助けられると思っていた。
無力な俺には、何もできないというのに。
「大丈夫、僕が従えばそれでいいんだよ」
そんなことを言わせてしまった。
きっと、為す術がないことをわかっていたのだろう。
「俺が守るから、行っちゃ駄目だ」
まだ、守れるという幻想を見ていた。
守れないという現実を見たくなかったから。
「じゃあね、さようなら」
機械的に告げられた。
俺には、逆らうことができなかった。
「行くな」
そんな言葉さえ、言うことが許されなかった。
だから。
目の前に赤い何かが散って……。
「睦月、おなかすいた」
「……あ、ウサギ、おはよ」
今までのは夢だったらしい。
ウサギが俺の部屋に来て、俺を起こしてご飯を要求してきたことで気がついた。
また、昔の夢を見てしまった。
軽く苦笑しつつ、ウサギの要望を叶えるために起き上がり、立ち上がる。
「ウサギ、今日は何を食べたい?」
問いながら、昨日のことを思い返す。
時計の針が指しているのは、午前十二時時三十二分。
昨日は、あれから警察を呼んで男を引き渡したり事情を話したり管理人が亡くなっていることを話したりしていたら、いつの間にか夜が明けていたので、課長から今日は休むように言われた。
ウサギも寝起きらしく寝癖がついている。
あとでとかしてあげなければ。
「……オムレツ」
まだ起きたばかりだというのに、朝食はいつも軽めの俺からしたら重めの食事がリクエストされた。
でも、ウサギが希望しているなら聞いてやろう。
着替えずに、パジャマ代わりのスウェットのままキッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。
そこで俺は重大な事実に気づいた。
卵が、ない。
おそるおそる振り返ると、ウサギがこちらをじーっと見つめている。
その目は、「オムレツ食べられないの?」と語っていた。
「大丈夫だ、卵を買いに行こう」
「……ついていく」
冷蔵庫の扉を閉めてからそう言うと、ウサギが言った。
ウサギと一緒に買い物をするのも悪くない。
というか、ウサギを普通の生活に戻して対人能力をつけさせるにはもってこいだろう。
「じゃあ、行こう」
「うん」
反応が少ないと、違和感が残る。
過剰な反応をしてくる課長の相手を普段からしているからかもしれない。
でも、それよりも。
ウサギと俺は、ちゃんとした服に着替えなければ。
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