空色には届かない

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「じゃあ、行ってくる。誰が来たとしても鍵を開けるなよ、炭酸は買ってくる。それから……」 「わかってる」 夜が明けて朝になった。 俺は、ウサギにいろいろと注意事項などを話してからようやく駐車場へ向かう。 暗くて、どこか湿った空気。 雨が降るのかもしれないと思いながら、ポケットから車の鍵を取り出す。 「やあ、神崎の子」 背後から声をかけられた。 俺に気づかれることもなく背後から近づいて、俺のことを神崎の子と呼ぶのは一人だけ。 「文月(ふみづき)さん、おはようございます」 「おはよう、神崎の子」 このタワーマンションに住む文月さん。 文月というのが名字か名前なのかはわからない。 が、ここに住むということはある程度のお金持ちなのだろうな、ということくらいはわかる。 髪をカフェオレみたいな色に染めた女子にモテそうなタイプの人間だ。 「こんな朝早くから文月さんが外に出ているのは珍しいですね」 文月さんとはほとんど夜、しかも残業で遅くなった深夜にしか会わない。 だから少し不思議だった。 「野暮用でね。君も仕事かい?」 「はい。相変わらずブラックな職場です」 文月さんは俺の言葉を聞くと苦笑した。 俺が警察で働いていることを知っているからだろう。 「ところで、」 俺が「では」と言って車に乗ろうとすると文月さんが俺の動きを止めるように言った。 「あの子は君の恋人かい? それとも、生き別れた兄弟か何かかな?」 見ていたらしい。 あの子とは、きっとウサギのことだろう。 この情報が外に漏れると、ウサギを追って人がたくさん来るかもしれないから、人目は避けていたつもりだったのだが。 俺はとりあえずこう答える。 「えっと、居候みたいなものです」 文月さんは少し目を丸くして、 「最上階に一人暮らしで部屋が余っているからかい? それはそれは豪勢なことで」 と言った。 そう思われるのも仕方がないというか、そう思われた方が都合がいいのかもしれない。 曖昧な返事をしておくことにした。 「そうでもないですよ」 「神崎グループの御曹司が謙遜しても、上から目線にしか見えないよ」 俺の答えに、文月さんはからかうような口調で返す。 神崎グループ。 俺の二度と帰らない実家の話は、好きじゃなかった。 「もう、会社自体は別の人に譲りましたから」 もちろん、文月さんが利益目当ての人じゃないことはわかっているが、冷たく返してしまう。 文月さんはなんとなく察したのか、 「じゃあ、僕は失礼させてもらうよ」 と言って、駐車場から去っていった。 俺は車を出して、過去から逃避するように炭酸飲料のことを考えていた。
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