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「二十年前、ある上京してきた女がアパートで独り暮らしをしていた。社会人で仕事も結構うまくいってたらしい。」
「けど、ある時から女の周りで変なことが起き始めた。」
「夜中、道を歩いてると後ろから誰かがついてくる気配がしたり、郵便受けに変な手紙が入れられてたり、まあ、ストーカーだな。」
「女は警察に行ったけど、まともに取り合ってはもらえなかった。」
「ストーカーはエスカレートしていって、遂には脅迫文まで来るようになったらしい。」
「女はその脅迫文を警察に持って行ったが、それでも警察の対応はそっけないものだったらしい。パトロールを強化しますよ、とかな。」
「上京してきた女には頼れる人間はあまりいなかった。警察も何もしない。そんな状況だからストーカーの嫌がらせの頻度はどんどんと増えていった。」
「そんで、ある日、事件は起こった。」
「ストーカーはとうとう女の部屋に押し入った。そして、乱暴を働いた。女は必死に抵抗して壁とか床とかガンガン叩いて、でも結局誰も助けに入らなかった。」
「その時の音を他の部屋の住人たちは聞いてたらしい。それをニュースで自慢げに語る奴はいた。けど、だれも助けに、どころか通報さえしなかったらしい。」
「そんで、犯人は一通りヤり終わった後、逃げてった。女は一応命だけは助かったんだけど、その事件以降、鬱になっちまって、最後には部屋で首吊って死んだんだとよ。」
「あまり知り合いもいない女だったらしく、死体発見までには結構時間が経っちまってた。第一発見者の話だと死体の首はつま先が床に着きそうなくらいに伸びきってたらしい。」
「部屋には遺書が残されてた。それには短く、ただこう書かれていた。」
「『許さない』ってな。」
「その女が首吊った部屋が、二〇二号室だ。」
「お前の隣の部屋ってもしかして……。」
天崎が話している間、里山はただその話を黙って聞いていることしかできなかった。
天崎は全ての事情を話し終えると、「ま、まあネットで調べた情報だからどこまで本当の話かはわからねえけどな。」と、里山の背中をたたいた。
しかし、里山はその話が事実であることを確信した。二○二号室の話を聞いた途端態度を急変させた大家の反応から、二〇二号室に何かがあることは明らかだったからだ。
講義が終わり、天崎と別れると、里山は早々に家路についた。いまだに部活を決めかねている里山には講義が終われば大学ですることもないから、というのもあるが、毎晩の騒音で寝不足だから早く帰って眠りたいというのが主な理由だ。
時刻はいまだ夕方で外はまだ明るいけれど、里山はカーテンを閉め、布団に寝転がる。
頭の中では先ほど天崎から聞いた二十年前の自殺者のことがぐるぐると回っていた。
二十年前、襲われながらも必死に助けを求め、壁をたたいた女。誰にも助けてもらえなかった女。犯人と、そして、助けてくれない警察や、他の住人達への恨みの、怒りの炎を燃やしながら首を吊った女。
‐‐その女が首を吊った部屋が、二〇二号室だ。
その言葉を思い出し、里山の背筋がぞくりと震える。女の怒りが二十年前からいまだ消えず、隣の部屋につり下がっているのだろうか。毎晩ぎしぎしと木材がきしむ音を立てながら。
「いや、考えすぎか。」
そうだ。大学生にもなって幽霊を信じるなんてばかばかし過ぎる。きっと、天崎が自分を恐がらせるために適当な作り話をでっち上げたに違いない。
里山はそう自分に言い聞かせ、目を閉じた。寝不足だっただけにすぐに眠りに落ちた。
…………ぎし……ぎし……ぎし……ぎし、ぎし、ぎし、ぎし
その不快な隣からの音で里山は目を覚ました。時計を確認してみると針は深夜二時半ごろを指していた。けっこう長い間眠っていたらしい。
「それにしても……、」
隣から響いてくる音はいまだ鳴り響いており、その大きさは眠れないどころの話ではなく、騒音といっても大げさではないほどになっていた。他の住人たちは文句を言いに行ったりはしないのだろうか。
それにその騒音はさらに大きくなっているようで、里山はあまりのうるささに耳をふさぐ。
ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎし、ぎ
「ああ、もう煩い!」
里山はこぶしを振り上げ、壁をどんと叩いた。
すると、
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