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「死ぬまでに、あと何回セックスするんだろうなぁ」
ベッドの上、肩の下から巻いてある髪をくるくると弄りつつ、なんの気なしに呟く。
無論、〝私は〟という主語を省略した呟きだったが、冷蔵庫の中を眺めていた男は手の動きを露骨に止めて私を振り返った。聞き間違いかという顔で、忙しなく視線を泳がせている。
「……ええと。絢ちゃんって本当、面白いこと言うよね」
無理やり口角を上げて笑う男の白々しい台詞に、私は適当に笑い返す。
頭が悪そうな反応だな、と思う。表面だけでも取り繕おうとする態度が滲み出てしまっている。私の発言を〝面白いこと〟という融通の利くカテゴリに当てはめたことも、自分ではうまくやったつもりなのかもしれないが、驚くほど興醒めだ。
質問の意味が分からなかったのなら訊き返せばいい。別に聞き流したって良かった。
つまらない。最初に固まった時点でバレバレなのに、中身がないと分かりきっている会話を、どうして無理に繋げたがるのか。
いわれてみれば、最中もそんな感じだった。
上辺だけの関係を、快楽を、楽しんでいる気になっている。悪いことだとは思わない、でも。
「じゃあ私、そろそろ帰るね」
「えっ? そ、そう?」
男の顔には、困惑と安堵が一緒に浮かんで見えた。
私にはそう見えたというだけなのかもしれないし、本当は違ったのだとして、この男への興味はとうに薄れていた。
二度目はないなと思う。名残惜しそうな顔に見えなくもなかったが、私は媚びるような男の視線をあからさまに遮り、床に散らばる服を着直し始める。だんだんかわいそうに思えてきたものの、謝る気もなければ折れてやる気もない。
門限が厳しいから、と帰りがけに零したのは、気紛れ以外の何物でもなかった。それはそれで、わずかながらもじりじりと燻り続けていた罪悪感を、ほど良く打ち消してくれた。
ちなみに、門限なんて真っ赤な嘘だ。
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