捨てても戻ってくる人形

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捨てても戻ってくる人形

ある日の鈴木家。市松人形の松子さんは、リビングのソファにいつものようにちょこんと座っていました。 松子さんから少し離れた所でお父さんはスマホをコソコソといじって、周りを警戒しています。松子さんはその白い首をろくろっ首のように長く伸ばしてお父さんのスマホを盗み見しました。 『またデートしたいな』 『上手くアリバイ作るから』 不埒極まりないやり取りが文字で浮かんでいます。お父さんは、松子さんの気配に気がついて手元を見ます。ろくろっ首のように長く首を伸ばした松子さんを見てお父さんは、 「この化け物!よくも覗き見したな、お前なんか捨ててやる!」 不倫のやり取りを見られたお父さんは逆ギレして松子さんを抱えて、駅前の繁華街へとズンズン歩いて行きます。 松子さんは切々と訴えます。 「間違えて五厘刈りにされたとき、カツラを作ってあげたのに…酷い」 お父さんは聞く耳も持たずに、 「どうせ智美と母さんに彼女のことチクるんだろ、お前さえいなければバレないんだよ」 怖い顔をしたまま、繁華街の路地裏に松子さんを放り投げて捨ててしまいました。 松子さんがいなくなってから、智美ちゃんは必死に探しました。怖がりのお母さんも最近は松子さんを慕うようになっていたので、二人は松子さんがいなくなって寂しくて寂しくて、ご飯もあまり喉を通らなくなりました。お父さんは不倫の秘密がバレないように、二人と同じように松子さんを心配する演技をしていました。 そんなある日、お父さんはながらスマホをしながら家の階段を下りていました。スマホの画面で秘密の彼女とやり取りしています。ながらスマホのせいで階段を踏み外し、体を変な方向によじってしまい、このまま落ちると首が折れて…お父さんは死ぬ。 そのときです。 階段の採光用の小さな窓が割れて、何かが猛スピードで矢のように飛び込んできました。黒い髪に赤い着物、市松人形の松子さんです。 松子さんはありったけの力を使って階段から落ちるお父さんを支えて二人とも宙に浮いています。お父さんも松子さんに気がついて、 「なんでお前が…助けてくれるんだ?」 小さな体であり得ない力を出して脂汗をかいて、息も荒い松子さんにお父さんは問いかけます。 「智美ちゃんとお母さんを悲しませない、約束出来ますか?出来ないなら助けませんよ」 松子さんは、ハアハアと苦しそうに息をしながら渾身の力をふり絞ります。お父さんは、 「約束する、約束するから助けてくれ!」 「嘘ついたら彼女を呪い殺しますからね」 浮気者のお父さんにしっかり釘を刺すと、松子さんはお父さんの身代わりに階段の下でバラバラになって割れて壊れてしまいました。陶器で出来た真っ白な肌が粉々になってしまいました。 バランスを取り戻したお父さんが、慌てて階段の下の松子さんを拾い集めようとします。しかし、陶器の肌、赤い着物、黒い艶やかな髪、全てが白い光を放って消え去ってしまいました。 「こんな俺の身代わりになってくれた?」 お父さんは智美ちゃんもお母さんもいない家の階段の下で立ち尽くして、溢れる涙を指でごしごしと拭いました。 それから鈴木家は松子さんがいない生活に慣れるまで、みんなで助け合いながら暮らしました。三人が三人とも、『松子さんロス』に陥っていて、市松人形の松子さんのいない生活に戻るまでが大変でした。 少しずつ少しずつ元の生活に戻っていった鈴木家ですが、無意識のうちに、ソファの片隅や、玄関のたたきを見つめてしまうときがあります。 「松子さんどこかで元気にしてるよね?」 智美ちゃんが寂しそうに言うと、お母さんが励まします。 「きっと元気にしてるわよ、大丈夫」 お父さんだけが松子さんがいなくなった真相を知っていますが、言えません。お父さんは、 「松子さんは困っている人の所に行くんだよ、きっと。お父さんの五厘刈り助けてくれたただろ?」 そう言って智美ちゃんとお母さんを励まします。そして、最期に松子さんが残した、『約束破ったら彼女を呪い殺す』という脅しが怖いので、お父さんは例の彼女とはきっぱり別れました。 (完)
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