髪が伸びる人形

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髪が伸びる人形

市松人形の松子さんは佐藤家の納戸の奥にしまわれていました。 「気味が悪い」 「怖いよね」 「陰気臭い」 佐藤家のお嬢ちゃん二人とお母さんは市松人形の松子さんが嫌いです。松子さんはかび臭い納戸から出してもらえずふてくされています。我慢も限界、ガラスケースを不思議な力を使ってすり抜けて、家出をしました。 家出をしたものの、行く宛てのない松子さんは、佐藤家から2キロほど離れた鈴木家にそっと忍び込みました。 鈴木家の玄関のたたきをゴソリ、ゴソリと這い上がるように松子さんはよじ登ります。ちょうどそのとき、夕飯のお買い物に出掛けようとしていた鈴木家のお母さんと10歳の智美ちゃん。 「キャー!に、人形が勝手に!」 お母さんがよじ登ってくる松子さんに怯えていると、 「違うよ、座敷わらしだよ」 智美ちゃんは興味深々で玄関をよじ登る松子さんに手を貸します。 松子さんは、 「座敷わらしとは違うの、市松人形」 そう答えながらも、智美ちゃんの手を借りて玄関の上にちょこんと立って、着物の裾や襟元を直しています。智美ちゃんのお母さんは、 「悪霊退散!悪霊退散!」 お母さんは四つん這いでリビングに逃げようとしています。 「あなたね、大人の癖にもう少し落ち着いたら?娘さんの方がしっかりしてるわ」 松子さんが呆れて言うと智美ちゃんは、 「お母さん、怖い話とか嫌いでごめんね」 松子さんは、 「怪しい者ではないのでご安心を」 お母さんの前までしゃなりしゃなりと歩いていき、正座をしてお辞儀をします。 「どう見ても怪しいでしょう!」 お母さんは松子さんを手で払いのけます。 転がって割れてしまいそうになる松子さんを智美ちゃんがスライディングキャッチ。 「危なかったね、壊れちゃうよ」 智美ちゃんは松子さんを怖がらずに優しくしています。 買い物に行くはずのお母さんと智美ちゃんは、お出かけが中止になりました。 そこに、いつもより早く智美ちゃんのお父さんが家に帰ってきました。 「お父さん、頭が変」 松子さんを抱っこしたまま智美ちゃんがお父さんの頭を指差して笑います。お母さんも、松子さんに怯えながらもお父さんの五厘刈りの髪型を見て、 「どうしたの?それ?」 あまりに酷い髪の切り方に口をパクパクさせています。お父さんは気まずそうに、 「実は仕事が半休で安い床屋に寄ったら長さを間違えられて…。これじゃあほぼ坊主で、明日は出社出来ないよ」 お父さんは肩を落としています。松子さんはお父さんの頭を見て、 「災難ですね。しばらくこちらにお世話になるお礼になんとかいたしましょう」 松子さんのおかっぱ頭の髪がうねりながら物凄い速度で伸びていきます。伸びた髪を松子さんが、ちょちょん、ちょんちょんと、ハサミでリズミカルに切り、ノリと刷毛を使いながらお父さんにピッタリなカツラを作ってあげました。 「おお、これはちょうどいい!明日仕事を休まなくて済むよ」 「しばらくお世話にってどういうこと?」 お母さんは松子さんを睨みます。 「のっぴきならない事情がございまして。しばらくご厄介になりたいのです」 松子さんが頭を下げるとお母さんは、 「冗談じゃないわ、気持ち悪い」 ぶるぶる震えながら後退りします。智美ちゃんが、 「お母さん、松子さんはお父さんの髪直してくれたんだよ、お礼しなきゃ」 松子さんをしっかり抱きしめてお母さんを説得します。お父さんも、 「そんなに毛嫌いすることないじゃないか。このカツラとてもよく出来てるよ」 お母さんはため息をひとつついて、 「仕方ないわね。でも、智美の教育に悪いと思ったら容赦なくお寺の人形供養に出すから、それでいい?」 松子さんは人形供養という言葉に一瞬怯えて顔が青くなりました。しかし、 「私を怖がらずに助け起こしてくれた、智美ちゃんとそのご家族にお役に立ちますから」 細い目をさらに細めて笑顔で答えました。 突然の喋る市松人形の出現に疲れ切ったお母さんは、夕飯のお買い物も料理もする気力がありませんでした。 松子さんは小さな掌から水色の光を放ち、ダイニングテーブルの上に三人分の夕飯を出してあげました。 「いつも使える力ではありませんが、お口に合えば幸いかと」 肉じゃがとぶりの照り焼き、ほうれん草のおひたし、ワカメと玉ねぎの味噌汁、ホカホカのご飯が現れました。さっきまで松子さんを毛嫌いしていたお母さんの目が輝きます。 「あら、なんて便利。いつまでもウチにいていいわよ」 態度がコロッと変わったお母さんを見て松子さんは、 「智美ちゃんよりお母さんの教育に悪そうなので、料理を出すのはお母さんが疲れ切ったときだけですよ?」 松子さんは皮肉っぽく返します。お母さんはバツが悪そうに舌をペロッと出して笑います。
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