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血の涙
佐藤家から家出した市松人形の松子さん。鈴木家の一員として、三人の家族に囲まれて楽しく暮らしていました。
そんなある日のこと。
プーン、プーン、夏の風物詩、蚊が鈴木家のリビングを飛び回ります。
智美ちゃんが、
「お母さん、虫よけどこ?」
そう聞くと、
「今持っていくわね」
スプレーの虫よけと電気とリキッドで蚊を避ける器具をリビングに持っていきます。
リビングのソファで智美ちゃんの隣にちょこんと座っていた松子さんは突然、目から血の涙をこぼして、小さな掌でその涙をすくって目の前に差し出しました。
「ギャー、やっぱり呪いの人形よ!」
怖がりのお母さんは、パニックになって、手に持っていた虫よけスプレーと電気を使う虫よけ器具を床に落とします。
智美ちゃんはじっと松子さんの方を見て、
「松子さん、悲しいの?」
そう聞くと松子さんは首を横に降ります。
さっきまで羽音がうるさかった蚊が松子さんの掌の血溜まりから血を吸うと、
「プハーッ、この一杯の為に生きてるんだな、やっぱり血は生に限る!」
雌の蚊なのにオヤジ臭い独り言を言った後、フラフラヨロヨロと飛び、卵を産む前に死んでしまいました。
「この蚊はどっちみち卵を産めずに死ぬ運命だったから、かわいそうで」
松子さんが懐紙で血を拭き取りながら言うと、智美ちゃんが、
「松子さんは運命が見えるの?」
松子さんは曖昧に頷いて、
「ほんの少しだけですが見えます」
そう答えると、さっきまで怖がって大騒ぎしていたお母さんが、
「松子さんは優しいのね。私たちは蚊なんて刺されたくないと思うだけなのに」
しんみりと言いました。松子さんは、
「優しいというより、人形というのは元々人の身代わりになるように作られたものですから」
少し寂しそうに笑いました。お母さんは松子さんの憂いをおびた表情に気づかずに、
「ねえねえ、松子さん。運命が見えるってことは未来予知も出来るのかしら?宝くじの当選番号とか当てられる?」
興味深々で松子さんに聞きます。松子さんはお母さんの図々しさに呆れて、
「お母さんの教育に悪そうですから、そろそろ私はお寺の人形供養にでも行きましょうか?」
そう言うと智美ちゃんが、
「松子さん行かないで。お母さん、よくばりはダメだよ。松子さん、ごめんね」
松子さんをぎゅっと抱きしめてお母さんの代わりに謝ります。お母さんも反省したのか、
「ごめんなさいね、つい…。智美より私の方が松子さんに色々と教わっているわね」
お母さんのシュンとした表情を見て松子さんも、
「言い過ぎました。無理を言って置いてもらっている身なのに、すみません」
そう言いました。智美ちゃんとお母さんの間にいる松子さんは、人の温もりを感じとても幸せでした。鈴木家に来てから、納戸に押し込められることがなくなり、いつも家族の側にいられて、松子さんは毎日とても楽しく過ごしているのです。
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