招かれざる娘

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 カレルは「ふぅむ」と考え込んだ。 「とにかく、このふざけた状況を何とかしないとな。ラディム、いい知恵はあるか? こいつを帰してやる方法が」 「難癖をつけて突き返すのは簡単ですが、こんな手を打ってくる相手ですからね。次は、屋敷に置いている娘を差し出す可能性があります」 「うわ、面倒くせぇな。人間の貴族なんざ、まっぴらごめんだ」 「たしかに論外ですが、貴方にも立場というものがありますので」 「……今すぐ吠えたくなってきた」  主従のやり取りに、ユーリアは焦って口を挟んだ。 「あの、どうかお願いです。私を帰さないでください」  するとカレルは怪訝そうな目を向けた。 「帰りたいんだろう? 俺は領地間のつながりのために、お前を犠牲にするつもりはねぇ」 「お気持ちは嬉しいです。でも私が戻ってしまうと、養い親が罰せられます。牢に入れてくださっても構いません。働けと仰るなら何でもいたします。ですから、ここに置いてください」  人狼の領主は言葉に詰まった。ユーリアは必死に頭を下げる。 「迷惑だということは分かっています。けれど、私は帰れません。どうしても目障りだと思われるのでしたら、どこかで私を……処分してください」 「そんなバカなことができるか!」  カレルは叫んで、彼女の肩を引き上げた。ユーリアは涙を流して訴えた。 「父に必要とされない私でも、養い親は優しくしてくれました。恩返しをする前に別れ別れになって、心残りばかりです。けれど、この命で守れるなら、惜しくはありません。私ができることは、たったそれだけ。どうかお聞き届けください」  彼女の懸命な言葉に、カレルは黙り込んだ。狼の表情は分からないが、金色の瞳が動揺しているのは伝わってきた。  しばらく見つめ合ったあと、カレルはわずかに顔を伏せた。 「お前はそこまでの覚悟でここに来たんだな」  彼はふたたび、彼女をまっすぐ見た。 「諦めるな。お前が幸せになる道はあるはずだ。命を投げ出すんじゃねぇ。そのことを養い親が知ったらどう思う? 是が非でも領主に逆らうべきだったと、絶望するだろうよ」 「今すぐ帰すのだけはお許しください……」 「分かったよ。お前が守りたいものを、俺も守ってやる。だから、自分がどうなってもいいなんて言うな。何もかも棄てるぐらいなら、いっそ全部ひっくり返しちまえ。そのためにだったら、いくらでも力を貸してやる」 「ひっくり返す……」  何をどうすれば可能なのか分からなくて、ユーリアは相手の言葉を繰り返すことしかできなかった。  ひとつたしかなことがある。血のつながりがあるだけの父より、目の前の存在は彼女の心に寄り添ってくれる。  頼りがいのある彼にホッとする。間近にいて肩をつかまれているのに、もう怖いとは思わなかった。  ユーリアはうなずいて、相手に向かってぎこちない笑みを向けた。 「ありがとうございます」  カレルは目を見開き、思い出したようにパッと手を離した。 「わ、悪い……。無遠慮に触れたりして」 「いいえ、私を思いやってくださったのですから、嬉しいです」  すると彼はゴホゴホッと咳き込み、急に立ち上がって二、三歩さがった。 「ら、ラディム、なんとか状況を打開するぞ!」 「そうですね。せいぜい、じっくり考えるといたしましょう」 「なんだ。その、気のない返事は」 「気のせいです。やられっ放しでは面白くありません。カレルさまの仰るとおり、ひっくり返してやりましょう」 「お前、むしろ目が生き生きしてるぞ?」 「人狼についてあまり理解していないようですから、ようく教えて差し上げねば」 「……俺が言うのも何だが、手加減しろよ」 「承知いたしました」
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