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補佐官ラディムが、ユーリアに視線を向けた。
「貴女には当面、こちらに滞在していただきます。心細いとは思いますが、不自由のないよう手配いたします。困ったことがあれば何でも仰ってください。はっきりしたことは申せませんが、数ヶ月後には帰れるよう整えます。もちろん、貴女の養い親に罰が及ばぬかたちで。しばらくご辛抱ください」
「は、はい。あの……ご迷惑おかけします」
「とんでもございません。なかなか面白い……もとい、やりがいのある状況なのでお気になさらず。貴女の身を請け負ったのはカレルさまですから、してほしいことを直接に頼まれても問題ありませんよ」
「そんな、恐れ多いです」
すると、カレルが憮然とした声で言った。
「俺よりラディムのほうが頼りがいがあるってことか? そりゃ、こいつのほうが細々とした気遣いができるに決まってるが」
「い、いえ、そういうわけでは!」
ユーリアが途方に暮れると、補佐官が小さく笑った。
「カレルさま、そんな言い方では困らせてしまいますよ。頼られると嬉しいからそうしてくれ、でいいではありませんか」
「そ、そんな直接的に言えるか!」
「ときどき貴方の線引きがよく分からなくなりますが……。種族が違うので、言葉で補う必要があります。彼女の不安を和らげるためです」
「む、そうだな」
カレルは改めてユーリアを見た。
「領主とはいえ、俺に対して格式ばることはないからな? 境遇は似たようなものだ。俺なら、ほかの奴より分かってやれることもあると思う。弱音を吐いてもいいんだぞ? 故郷が懐かしければ、帰りたいと泣けばいい。その願いはきっと叶う」
「ありがとうございます。こちらの領主さまが貴方でよかった。あたたかな言葉に感謝いたします。希望は捨てません」
「そ、そうか! 俺たちに任せておけばいい。じゃあラディム、あとは頼んだぞ!」
唐突に部屋を出ていこうとするあるじに、補佐官は声をかけた。
「どちらへおいでで?」
「ちょっと鍛錬してくる。仕事ばかりしていては体がなまるからな!」
「毎日、鍛えているではないですか。じき夕食の時間ですよ? 今から中途半端に——」
「いいんだよ、じゃあな!」
あわただしく出ていった領主に、ユーリアは呆気にとられ、ラディムは深い息をついた。
「まったく、困ったことがあるとこれだ」
「もしかして、私のせいでしょうか?」
「まぁ、貴女が人狼に戸惑ったのと同様、カレルさまも人間に対してどう接するか分からないのでしょう。しばらく挙動不審かもしれませんが、気にする必要はありません」
「は、はあ……なんだか申し訳ないです」
「言を違える方ではないので、信じてください。おそらく、ここに留まる貴女を心配なさるでしょう。ときには、あえて頼みごとしていただけませんか? それに応えられれば、あの方は嬉しいはずです」
「えぇと、その機会があれば」
ラディムが目を細めたので、相手が微笑したのだとユーリアにも分かった。
この部屋に入ったときは、異種族に囲まれて食い殺されるかも、とさえ思ったのに、今は気持ちが落ち着いていた。
領主カレルも補佐官ラディムも、紳士で心やさしい。表情は分かりにくいものの、豊かな灰色の毛の下で喜怒哀楽しているのが伝わってくる。そういう意味では人間と同じだ。
いや、むしろ笑顔の裏で何を考えているか分からない人間のほうが、よっぽど恐ろしい。
ともあれ人狼たちは、彼女の養い親が罰を受けないようにしてくれると言う。それだけで充分ありがたかった。
ユーリアは補佐官のほうへ体を向けて、頭を下げた。
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
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