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優しい領主
「ちっともよろしくねぇええー!!」
人狼の領主であるカレルが私室で叫ぶ。補佐官ラディムに連れられてやってきたユーリアは、またも首をすくめた。
カレルは部下に詰め寄った。
「冗談だろ? 冗談だよな!? ユーリアは人狼を怖がってるんだぞ? さらにかわいそうな目に遭わせようってのかよ!」
「冗談でこんな提案をするはずがありません。彼女が帰るために協力を惜しまないのですよね? 腹をくくってください」
「いやいや、お前ならほかにいくらでも手段を思いつくだろう?」
「これが最善策です。お嫌でしたら、代案を提示してください」
言葉に詰まったカレルが、チラッとユーリアを窺った。彼女は補佐官に指示されたとおり、哀しそうな顔をした。
「やっぱりご迷惑ですよね……。カレルさまがお優しいので甘えてしまいました。きっと、べつの方法が見つかると思うので、私も考えます。夜分に失礼しました」
ユーリアが頭を下げてドアのほうへ踵を返すと、カレルのあわてた声がした。
「お、俺はべつに迷惑というわけじゃ……。っていうか、お前のほうがよっぽど嫌だろう!? 人狼の雄と共寝なんて、恐ろしいはずだ!」
「カレルさまはあたたかなお心の方ですから、不安はありません」
「いや、あのな、こういう場合は危機感を持つべきだぞ」
「人狼は人間を食べたりしないと、夕食時に教えてくださいましたよね?」
「そうなんだけど、そうじゃなくてな!」
困っているカレルに、ユーリアは首を傾げた。
「人間に寝所まで来られるなんて、鬱陶しいですよね……」
「鬱陶しいわけじゃない! あー、だからその……」
歯切れの悪い領主に、補佐官が冷静な声で言った。
「拒む理由がないなら、よろしいではありませんか。夫婦になったフリをするのです。のちに破綻した、と見せかけるためには、いったん関係を結ばなければなりません。それには、夜を共にするのがいちばん分かりやすいではないですか」
「だ、だからといって、し、寝所に連れ込むのは……。夫婦らしく見せる手は、いろいろあるだろう?」
「でしたら、公衆の面前でイチャイチャしてくださいますか? 彼女の肩や腰を抱いたり、間近で見つめ合ったり、彼女の膝枕でうたた寝したり、なんならその先までどうぞ。効果は同じですから、どちらでも構いませんよ?」
「そんなことできるかー!!」
「なら、共に寝室で過ごすほうが、よほど簡単ですよね?」
「ぐっ……」
「ご安心を。ベッドの中の演技までは求めません」
「あああ当たり前だろうがっ!!」
取り乱すあるじに、補佐官は一言一言刻むように告げた。
「ただ、隣で、寝るだけ、です。それとも、そこまでして手助けする気は毛頭なかった、ということでしょうか?」
「そういうわけじゃ……」
「一応、間者を忍ばせてくる可能性も考慮したほうがいいと思います。私がお二方の仲の良さを吹聴しようと、そのまま信じてはもらえないでしょう」
「人間がいれば匂いで分かるだろ?」
「間者が人間であれば、の話です」
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