優しい領主

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 カレルは一瞬、沈黙してから尋ねた。 「寝所を覗かれるんじゃないか?」 「そこまでは許しません。もっともお命を狙いやすい状況ですので、万全の対策を打つのは不自然ではないかと」  領主は深々とため息をついた。 「夫婦にならないまま帰すことはできないか? これでは、ユーリアが人狼相手に傷物になったと思われる」 「可能でしょうが、より月日がかかる覚悟をしていただきませんと。いつ帰れるか分からないのは、彼女にとってお辛いでしょう」  カレルがユーリアに顔を向ける。金色の瞳が気遣うのが伝わってきた。  彼女は微苦笑した。 「お気になさらないでください。噂は不思議と流れるもので、私の出自が厄介なものだということを、周りは薄々知っていました。養い親を除いて、誰もが距離を置いて接してきます。ですから、いちど嫁いで離縁された事実が加わったところで、大した違いはありません」  カレルは目を見開いてから、それを悔しげに細めた。 「お前は……お前は絶対に幸せになれ。くだらない奴らを全員、見返してやれ。じゃないと俺が許さない」 「は、はい。ごめんなさい?」  ユーリアは反射的に謝罪した。自分の言葉で怒らせた気がして、おずおずと付け加える。 「あのう、こうして親身になってくださる方がいる私は、幸いです」  すると、カレルは呆れたように大きく息をついた。 「まったく、お前はつくづく……」  そこに続く言葉はなかった。彼は気を取り直して傍らの補佐官を見た。 「提案を呑む。どうせ、俺の頭でいい手段なんて思いつかない。ユーリアの苦痛が和らぐなら、それが最善策だ」 「お聞き入れくださり、ありがとうございます。一日も早く願いが叶うよう、全力で臨みます」 「俺もできることはなんでもやる」 「ユーリアさまも心強いでしょう」  カレルはうなずいてから、ユーリアに向けて手を差し出した。 「すまないな。フリとはいえ、夜まで仕えさせることになって。人狼は人間を食わない。それを信じてくれるな?」  ユーリアは微笑して、彼の大きな手のひらに自分の手を乗せた。 「はい、カレルさまの仰ることなら。でも、もし嘘だったとしても、貴方なら私に痛い思いをさせずに食べてくれそうです」  カレルが、手をつないだまま硬直した。 「お、お前、無防備にもほどがあるぞっ! 深い意味がないにしても、そういうことを軽々しく雄に言うな!」 「深い意味? よく分かりませんが、申し訳ありません」  補佐官があるじに気遣いの声をかけた。 「カレルさま、いろいろ大変でしょうが……頑張ってください」 「その哀れみの口調はやめろっ!」  カレルは片手で頭を抱えて、ブツブツつぶやいた。 「グズグズしてると決心が鈍る……」  それからユーリアに「行くぞ」と告げ、彼女の手を引いて寝所のドアへ向かう。  ラディムが会釈して「お休みなさいませ」と言ったので、ユーリアは歩きながら「お休みなさい」と応じた。  奥の部屋も広い。ベッドは四人ぐらい横になれそうなほど大きくて、シンプルながらしっかりした作りで、寝具は見るからにフカフカしていた。ユーリアはそこで寝ることに抵抗を感じた。  彼女が床で休むと言い出すと、カレルはそれなら自分がと反論し、どちらも譲らなかったので、結局は揃ってベッドに入ることになった。  カレルが背中を向ける。高い天井を眺めたユーリアは、不意におかしくなってクスクス笑った。カレルがギョッとしたように振り返る。 「なんで笑ってるんだ?」 「もし兄がいれば、こんな感じかと思いまして。一応いるのですが、一緒に育っていないので……。幼い頃から共に暮らせば、甘えたりケンカをしたりしたのだろうと。ふふ、カレルさまと血のつながりはないのに、図々しいことを考えました」
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