招かれざる娘

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招かれざる娘

「正気の沙汰か!?」  両手がバシッと机を叩き、その者は傍らに向けて怒鳴った。  机を挟んで対面の位置にいる娘、ユーリアはビクッと肩を縮めた。  怒りの感情に対して、沈着冷静な声が応えた。 「どうやら彼らは、私たちが思うより、はるかに愚かだったようです」 「まさか、本当に娘をよこしてくるとはな! クソッ、あっけに取られてるうちに使者に逃げられた!」 「残念ながら、彼女が来た時点でこちらは後手を踏みました」 「こんなバカげた事態を誰が予想するか!」  主従のやり取りを、ユーリアは怯えながら聞いていた。彼らの矛先がいつ自分に向くのかと。  だが激しく責められても、耐えて謝罪するしかない。彼女に帰る場所はないのだから。  領主が鋭く舌打ちした。 「今すぐ一発ぶん殴ってやりてぇ」 「お気持ちは分かりますが、その勢いでなさると相手は死んでしまいますよ」 「命拾いしたことを後悔させてやろうか?」 「まぁ、それについては改めて検討しましょう。さしあたり問題は——」  二者の視線がユーリアに注がれ、彼女は剣を突きつけられたように硬直した。  彼らに睨みつけられると、失神しそうだ。足がガクガク震える。立っているだけで精一杯だった。  補佐官がため息まじりに、あるじへ尋ねた。 「この娘、どういたしましょう?」 「どうもこうもあるか。向こうは、『煮て食おうと焼いて食おうと、どうぞご自由に』ってんだろ」 「これで歓心を買ったつもりとは、片腹痛い。しかし……困りましたね」  領主が腕組みして彼女を見下ろした。 「お前は、本気で俺の妻になるつもりなのか?」  詰問にユーリアは体を縮め、軽い目眩さえ覚えながら、弱々しく声を絞り出した。 「は、はい……。ふたつの領地の友好の証として、貴方さまにお仕えするよう言われ、参りました」 「ハッ、お前が俺に仕える? そんなに青ざめて、今すぐ逃げ出したいんだろう?」 「そのようなことは……。申し訳ありません、緊張のあまり失礼な振る舞いを……」 「緊張? 恐怖の間違いじゃないか? その様子じゃ、俺たちのような者を見るのは初めてだな。それを夫婦になるだと? ふざけたことを……」  まっすぐ怒りを向けられて、ユーリアは言葉を失う。  補佐官があるじに声をかけた。 「抑えてください。恫喝したところで、彼女には何の権限もないでしょう。しかし、どう扱うかは重要です」 「お前まで、この娘を(めと)れと言うんじゃないだろうな」 「領地間のつながりという意味では、ひとつの手です」 「おい、冗談だろ!?」  いきり立つ領主に対し、補佐官は落ち着いてください、と手のひらを向けた。 「それは、種族が同じであれば成り立つことです。今回の場合、婚姻を結ぶのは困難きわまりない。仮にそれを遂げたとしても、いずれ破綻するのは目に見えています」 「そんなことも分からないのか、人間は」 「保身しか頭にないのでしょう。だから、こういった理解しがたい仕打ちができる」 「哀れだな」  主従がふたたびユーリアに目をやったので、彼女はビクッと身を引いた。そして、未だ現実と思えない光景を凝視する。  執務机の向こうに立つ領主と、傍らに控える補佐官。彼らの体は大柄な男性となんら変わりないが、顔は人間のものではなかった。  鋭い目と、前にせり出した鼻と口。それらを灰色の毛が覆い、左右の高い位置に耳がピンと立っている。  ユーリアの前にいる二者は、人狼(ライカンスロープ)だった。
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