つのる気持ち

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つのる気持ち

「え? 数日の視察ですか?」  ある日の朝食時、カレルの言葉にユーリアは驚いた。相手はすこし気まずげに視線を逸らしつつ説明した。 「ああ。すまない、前もって伝えるのを忘れていた。南端まで行ってくるから、三、四日ほど屋敷を留守にする」 「そうですか……」 「あとのことはラディムに任せるので、何かあれば相談するといい」 「はい」  答えつつ、ユーリアはうつむいてテーブルを見つめた。  思い起こせば、父の屋敷で過ごしている間、ときどき父や兄は仕事で家を空けた。カレルが出かけることがあるのも不思議ではない。  でもこれまでずっと一緒だったから、彼のいない時間に一抹の不安を感じた。  カレルは慰めるように言った。 「数日で帰ってくる。向こうの土産を持ってくるから楽しみにしていろ。な?」 「お仕事ですもんね。ごめんなさい、これでは本当に兄にベッタリの妹です。大人しく待っていますから、無事に帰ってきてください」 「もうお前に心配させない」  先日の地震で負った彼の怪我は、三日できれいに完治した。ユーリアが心底ホッとすると、カレルは「二度とこんな思いはさせない」と約束してくれたのだ。  離れれば、彼女はやっぱり彼の身を案じる。でも、元気な姿で戻ってきてくれるはず。それを信じようと思った。  ユーリアが笑顔を取り戻すと、カレルはホッとした。 「土産話もたくさん持ち帰ってやる」 「楽しみです」  食事後、旅の荷物をまとめたカレルは、ユーリアやラディムに見送られて馬車で旅立った。乗り物が道の先に消えるまで見送ったあと、ユーリアは小さなため息をついた。  ラディムが気遣いの声をかける。 「すぐ帰っておいでですよ」 「……そうですね」  屋敷に戻り、カレルの私室からベランダに出た。視界には緑豊かな景色が広がる。いつもの眺めが、隣の存在がないというだけで味気なかった。 「カレルさまがお仕事されている間、一人なのは変わらないのに」  彼が屋敷にいるかいないかということは、予想以上に違って感じた。  気分が沈みそうになったが、そういえばカレルに敷物を繕うよう頼まれていたのだと思い出す。  室内から敷物と裁縫道具を持ってきて、ベランダの椅子に座った。針を動かしながら、彼は今ごろどのあたりを進んでいるのだろうかと思いを馳せる。  ついさっき別れたばかりなのに、あの長身を目にしたい、穏やかな声を聞きたいと思った。  繕い物のあいだに昼食や三時のお茶を挟む。することがあっても一日は長かった。  夕食のあと、着替えてベッドに向き合ったとき、改めて一人を実感する。  ユーリアはつい独り言を口にした。 「カレルさま、貴方がいないとこのベッドは大きすぎます……」  感情をこらえて寝具に潜り込む。仰向きでも横向きでも落ち着かなくて、いつも彼が寝ているあたりに移動した。  あるじはいないが、彼の匂いが鼻をかすめる。ユーリアは寝具を握って目をつぶった。 「考えるぐらいは自由ですよね?」  そして彼の腕に包まれている想像をした。すこし心が慰められる。  そんなふうに眠ったことはないけれど、もし彼が抱きしめてくれたら、どんなに幸せだろう。そのとき、どういう言葉をかけてくれるのか。 『安心して、俺の腕の中で眠れ』  想像なのに、ちょっとだけ涙ぐみそうになった。 「カレルさま、お休みなさい……」 『お休み』  ユーリアは満たされた気持ちで、夢の中へと旅立った。
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