結ばれた誓い

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結ばれた誓い

 馬車に揺られて道を戻る。屋敷に着くと、別れたときと同様にラディムたちが出迎えた。どういう反応をされるのかユーリアが萎縮していると、補佐官は落ち着いた声で言った。 「お帰りなさいませ」  戸惑いながら、彼女は小声で応える。 「ただいま……戻りました」  相手にとっては困った事態のはず。だが、彼のほうが頭を下げた。 「貴女に謝罪しなければなりません」 「な、何ですか?」  ラディムは顔を上げて告げた。 「貴女が帰るよう手配したと申し上げましたが、じつは何もしていません」 「えっ?」  どういうことだろうと隣のカレルを見れば、彼もまた驚いていた。  ユーリアは補佐官に尋ねた。 「なぜですか?」 「カレルさまには貴女が必要だと思ったからです」 「でも、私は人間ですよ?」 「領主の奥さまには、どんなときでも味方になってもらわなければなりません。心の深い場所で結ばれていることが、もっとも重要です。カレルさまは貴女を選ばれました。ユーリアさまなら、支えて差し上げることができるでしょう。種族が同じだから愛を育めるのですか? そうではないと、貴女が証明してみせたではありませんか」  ユーリアはしばし言葉を失い、のちに弱々しくつぶやいた。 「きっと反対される方が……」 「おや、それは百も承知で帰っていらっしゃったのでしょう? 仮に、私が猛抗議したところで、お二方の決意を覆すことは不可能だとお見受けいたしますが?」  その指摘に、ユーリアは顔を赤くした。  カレルが責めるような声を補佐官に向けた。 「こうなると、いつ予測したんだ?」 「わりと初めのうちです」 「ちょっ……そんなの、俺の考えだって固まってない頃だろう?」 「自覚するのは時間の問題かと」 「ユーリアが俺を選ばなかったら、どうするつもりだったんだ?」 「そうなると、傷心の領主さまに滞りなく仕事していただくのが、面倒だったでしょうね。杞憂に終わって何よりです」 「……お前、『慇懃無礼』という言葉を知っているか?」 「私は、カレルさまには領主として敬意を払っております」 「俺『には』って、サラリと怖いことを言わなかったか!?」 「お聞き流しください」  カレルは疲れたようにため息をついた。 「反対されなくて喜ぶべきか、手のひらの上で転がされて怒るべきか……」 「貴方は、私の思惑どおりに動く方ではないでしょう?」 「なんだか楽しそうだな」 「分かりきった未来ほどつまらないものはありません」  カレルは肩をすくめて、ユーリアを見やった。 「理解しただろう? もし俺が人狼の娘を娶った場合、それはこいつにとって予定調和に過ぎないんだ。補佐官としてどうかと思うが、たしかなのは、俺たちが一緒になることに反対しない。味方としては頼れる奴だ」 「は、はあ……」  ユーリアは返事に困った。  ただ、そんなやり取りをする主従だが、ラディムは彼なりにあるじを思いやっているのではないかと感じた。  補佐官に視線を向けると、彼は涼しい目をしていた。 「もっとも重要なのは、カレルさまが領地をしっかり統治していけるかどうか。そのために貴女が必要です。それを理解できない輩には、領分をわきまえていただきましょう」  カレルがやれやれと頭に手をやった。 「ほどほどにしろよ」 「心得ております。ところで、めでたくお二方の決意も固まったことですし、結婚式の準備を進めてもよろしいでしょうか?」 「えっ?」  驚くユーリアとカレルの声が重なった。顔を見合わせてから、彼が確認する。 「結婚式? 俺たちの?」 「ほかに誰がいらっしゃいますか。当然でしょう、領主が妻を娶ったのです。諸事情で先延ばしになっておりましたが、懸念ごとがなくなったので急ぎたいぐらいです。ご希望を窺いつつ、万端整えます。構いませんね?」 「え、えっと……」  カレルがまたユーリアを見る。彼女は式など想像もしていなかったから、実感が湧かない。  カレルはひとつ咳払いをしてから尋ねた。 「共に結婚式に臨んでくれるか?」 「え、あ……」  ユーリアは躊躇した。 「いいのでしょうか、私が……」 「俺は式を挙げたい。お前の気が進まないなら、無理にとは言わないが」  彼の真摯な声に、ユーリアは迷いを振り払った。 「私は、わがままを覚えてしまいました。花嫁姿で貴方の隣に立ちたい。花婿姿の貴方を見たい。それが正直な気持ちです」
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