襲いくる危機

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襲いくる危機

人狼(じんろう)狼人(おおかみびと)は別ものだぞ?」  昼下がりのベランダで、紅茶とお菓子を楽しみながらカレルは言った。ユーリアは驚いて尋ねる。 「どう違うんですか?」 「人狼は、人に変身できる狼。狼人は、狼に変身できる人間だ」 「えぇと……」  彼女が戸惑うと、領主は笑った。 「俺たちの祖先は、普段は狼の姿で過ごした。今のように獣人や人間の姿をとることは稀だったんだ」 「カレルさまも、完全な狼や人間になれるのですか?」 「ああ。暮らしぶりが変わってからは、みな、この姿に落ち着いている」 「狼になったらどんな感じなんでしょう」 「見せてやっても構わないが」  けれど彼は、ふと思い出したように言葉を取り下げた。 「……いや、やめておく」 「えっ、どうしてですか?」 「服を傷めるから先に脱がなければならないし、戻るときは何も着ていないからな」 「あっ……」  ユーリアは顔を赤らめた。  ベランダでそれをするのは問題があるし、寝所に戻ってカレルが服を着脱するあいだに彼女が背を向けても、お互い気恥ずかしい。  本当の夫婦なら、そうはならないのだが。 「軽々しくお願いしてはいけませんね」 「べつに、嫌でやらないわけではないのだからな?」 「はい、分かっています」  笑顔で応じるユーリアに、カレルはホッとする。彼女はすこし考えて首を傾げた。 「狼人が人間だということは、同じ町に暮らしていたりするのでしょうか?」 「ありえるな。ただ彼らは満月を見ると半獣に変身するし、その時期は血が騒ぐから、人の多い地域にはほとんどいないだろう。混血が進むと、そういった性質はなりを潜めるが」 「満月はカレルさまにも影響を与えるのですか?」 「ああ、普段より身体能力が上がる。ただ、好戦的にはならないから安心しろ」 「今でも充分お強いのでしょう?」 「少数種族だからな。戦いたいわけではないが、力は必要だ」 「苦労なさっているんですね……」  するとカレルは、彼女に不思議そうな目を向けた。 「人狼に囲まれて暮らすことになった人間のほうが、よほど大変だと思うが」 「私ですか? みなさまがよくしてくださいますので、苦労などありません」 「泣き暮らしてもおかしくない状況なのに」 「えぇと、白状しますと、父の屋敷にいる頃は……。そんな自分に教えてあげたいです。怖いことも哀しいことも、ひとつもないって」  彼はすこし言葉を詰まらせたあと、さらに穏やかな声で言った。 「お前は強い娘だ。これまでは辛かっただろうが、きっと報われる。幸せになる」 「ありがとうございます。でも私は、いま充分に幸せですが?」  ふんわり微笑む彼女に、カレルはあわてた口調になった。 「い、いや、こんなものじゃない! 過去のことをぜんぶ取り返すぐらいに、だ!」 「ふふ、両手でも抱えきれませんね」 「お前はそうなるべきだ!」 「優しいお兄さまは、妹のことが心配でならないのですね」  彼は悩むように額に手をやった。 「兄か……。俺は提案を誤ったかもしれん」 「え? なんて仰ったんですか?」 「気にするな。意味のない独り言だ」 「はあ」  そのとき、彼らの後方から冷静な声がかけられた。 「お寛ぎのところ失礼いたします。そろそろ執務にお戻りいただかないと、もろもろ滞ってしまいます」
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