第十一章 ユーラット

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第三十二話 交渉開始  里の入口となっている、エルフの村に迫った。 「殿下?先ぶれを出しますか?」 「そうだね」  食料はまだ大丈夫。  途中で合流した50名が食料を運んできていた。  エルフの里に伝令を出して、僕たちは野営して返事を待つことにした。 「殿下?」  僕の天幕には、帝都から連れてきた侍女しかいない。  僕が帝都から連れ出した者の一人だ。正確に言えば、一緒に居てほしい唯一の人だ。 「何?」 「よろしいのですか?」 「何が?」  彼女が気にしているのはわかるけど、わからないフリをする。 「殿下・・・。私は、貴族といっても、男爵家の三女です。殿下の側仕えとしても・・・」  彼女が何を心配しているのかわかる。 「僕が君を選んで、君を求めている。それだけでは不服?」 「・・・。いえ、光栄なことで、私も・・・。殿下のことを・・・。でも、殿下には侯爵の・・・」 「あぁあのゴブリンみたいな顔をした化け物?臭くて、1分も一緒にいたくない」 「・・・。殿下?侯爵家のご令嬢ですよ?」 「そうだね。身分だけは立派だけど、それだけの俗物で、浪費家で、侯爵家以外は奴隷とでもおもっている様な、頭の中にスライムを飼っているようなメスだろう?君は気にしなくていいよ。それに話をした通りに、エルフの里にいるはずの、神殿勢力との話し合いがうまくまとまれば、僕は神殿に移り住む。帝国の力が及ばない場所で君と二人で過ごす」 「殿下」 「それに、もう帝国に戻るのは無理だよ?兄たちの派閥に、僕が逃げ出したと情報を流したからね」 「はい。殿下・・・。私は、どこまでも殿下と一緒に・・・。それが、どこでも・・・」 「うん。大丈夫だよ。神殿は、兄たちが言っているような場所ではないし、王国も悪い場所ではないと思うよ」 「え?」 「神殿の主は、しっかりと話をすればわかってくれると思う」 「・・・。そうなのですね」  僕は、僕の大切な人の不安を取り除くために、僕が今までに掴んだ神殿と神殿の主の話を聞かせる。  天幕の中で話をしていると、外が騒がしくなってきた。  エルフの里に向かった伝令が帰ってくるには早すぎる。 「殿下!」 「どうしたの?」 「伝令が、帰ってきました」 「え?早くない?」 「神殿の使いを名乗る者と一緒です。神殿から提供される、アーティファクトと思われる物と一緒に来ました」 「え?アーティファクト?」 「はい。見たことがないものなので、間違いはないかと・・・」 「わかった。君は、ここに居て」 「殿下。私は、殿下の従僕です。一緒に居ても何もできませんが、殿下の側に・・・」 「うーん。危険はないと思うけど・・・」 「殿下!」  外からの呼びかけが焦っているように思えるのは、アーティファクトが怖いのかな?  僕の入手した情報では、馬車と同じで、危険はないと思うけど・・・。 「うん。一緒に来て、でも、僕の近くに居るようにしてね」 「はい!」  天幕から出ると、ついてきた者たちがそろっている。 「それで?」 「はい。離れた場所で待ってもらっています」 「ん?こちらから要望を出したの?」 「いえ、使者殿が、心配だろうからと離れ場所を指定されました」 「へぇ・・・。それで、使者は一人?」 「・・・」 「どうしたの?」 「使者は、お二人です。しかし・・・」  伝令に話を聞きながら歩いていると、なにやら見たことがない物が見えてきた。  あれが、神殿のアーティファクトか?  大きいな。大型の馬車くらいと聞いていたけど、何台分だろうか?  それに、大きなアーティファクトを囲むように、小さなアーティファクトが周りを囲んでいる?  何のために? 「殿下?」  彼女が僕の袖を引っ張る。  ”音”が怖いのだろう。僕も、正直に言えば怖いと感じている。  しかし、使者殿が待っている。”音”を止めてくれとは言い難い。  ”音”は、ウルフ系の魔物があげる声に似ている。  もっと規則的に聞こえてくる。うなり声ではない。なんと表現していいのかわからないけど、地面から音が鳴っていて、僕たちを音の壁で攻撃しているような感覚になってしまう。  僕たちの姿が見えたのだろう。  先頭に居る三人?の内・・・。男性だろうか?手を上げると、咆哮が止まった。  本当に、何の前触れもなく、静寂が訪れた。  本能的に怖いと感じてしまう。  弱い所を見せてはだめだ。  笑顔を張り付かせる。見破られても・・・。  え?  三人の内、二人は知らない。でも、一人は見覚えがある。  アラニス・・・。ディアス・アラニス。  あのアラニスの人間だ。帝国内には、アラニスは存在しない。陛下が完全に排除したはずだ。逃げた?逃げ延びた?生き残り?  あのアラニスの? 「殿下?」 「いや、何でもない」  誰も気が付いていないのか?  アーティファクトも気になるが、それ以上に”アラニス”だ。  男が一歩前に出る。 「ランドルフ殿下で間違いありませんか?私は、神殿から来ました。カスパルと言います。短い間だとは思いますが、よろしくお願いいたします」  カスパルと名乗った男は、軽く頭を下げて、手を差し出してきた。 「ランドルフだ。アデヴィトの第三皇子だが、アデヴィトの名を捨てる覚悟で来た。カスパル殿。私の事は、ランドルフと呼んでほしい。それから、伝令からお聞きいただいたと思いますが、私たちは神殿への亡命を希望します。受け入れていただけますか?」  カスパルは、私の手を離してから、深々と頭を下げた。  何の意味があるのかわからない。 「ランドルフ殿下。神殿では、ランドルフ殿下を受け入れることはできません。既に、オリビア殿が亡命してきています。二名も帝国の皇族を受け入れることはできません。神殿の主である。ヤス殿の言葉です。しかし・・・」  オリビアがしっかりと喰い込んでいるのだろう。  そうなると、僕の亡命は難しいと思っていたのだが、悪い方の予想が当たってしまった。 「しかし?」 「その前に、殿下に二人を紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」  アラニスとエルフの女性のことだろう。 「お願いする」 「ありがとうございます。殿下の後ろの女性は?」 「そうだな。先に、アンネラを紹介させてくれ、アンネラ。カスパル殿にあいさつを」 「・・・。はい。カスパル様。ランドルフ様の従僕の、アンネラです。家名は捨てましたので、ご容赦ください」 「わかりました。殿下。妻のディアナとエルフの里で巫女候補のまとめ役のラフネスです。二人から、それぞれ殿下にご提案があります」 「提案?」 「はい。その前に、アンネラ殿には、提案をお聞かせして大丈夫ですか?」 「問題ない。アンネラは、私の半身であり、ともに歩む者だ」  僕の答えが分かっていたかのように、カスパルはアンネラを見てから笑顔を見せた。 「ありがとうございます。部下の方々は?総勢47名のようですが?お一人は、こちらで拘束させていただきました」 「え?」 「第一皇女の紐がついていた者です。あとで、お引き渡しいたします」 「は?」  第一皇女?姉の紐?密偵?  見回すが、全員がそろっている。しかし、確かに、人を数えれば足りない。僕の記憶にない者なのか?それが、なぜ神殿にはわかった?手がどこまで長い? 「殿下への提案の前に、気になっていらっしゃることをお伝えします」  気になっていることが多すぎる。  大きな箱型のアーティファクトに入れられているのは、姉さんたちの私兵と公爵家の者たちだ。  エルフの里を攻め落として、神殿と交渉するとか言っていた者たちだ。  生かされているだけではなく、捕らえられて、この場に連れてこられている?  何か叫んでいるように見えるが、声が聞こえてこない。  面倒な予測しかしないが、初めから勝ち目のない交渉なのだ、一つや二つ、不利な状況が追加されても・・・。胃が痛い。こんなことなら、オリビアの前に帝国を脱出して、神殿にいっていれば・・・。
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