第六章 神殿と辺境伯

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 ヤスは一人でリビングに戻ってきた。  今からアフネスと話をするためにユーラットに戻る必要があるのはわかっている。 「ふぅ・・・」 『マスター』 「マルスか?どうした?」 『個体名セバス・セバスチャンから連絡がありました』 「何か問題でもあったのか?」 『マスターに仕事の依頼をしたいという女が現れたそうです』 「仕事?」 『はい。個体名セバス・セバスチャンは、マスターへの依頼の前に、移住を行うほうが先だと宣言しました』 「わかった。セバスには、移住の話をメインにするように伝えてくれ」 『了』 (リーゼに聞けば少しは事情がわかるかもしれないな)  ヤスの考えは半分だけ当たっていた。リーゼは、サンドラがユーラットに居ることは知っていたが、仕事を持ってきたのは知らなかった。ただ、リーゼは直感でサンドラがヤスと話をしたがっているのを察していた。 「マルス。リーゼに話を聞いてくる。セバスには移住を進めるように言ってくれ」 『了』  リビングの端末に地図を表示させて、リーゼが家にいると確認したヤスは側に控えていたメイドに食料を持たせてリーゼの家に向かう事にした。 「マスター。リーゼ様にお話をしてきます」 「ん?任せていいか?」 「はい」  どのみちリーゼに話を聞きたいと伝えなければならない。ヤスはメイドが先触れとしてリーゼの家に行くように指示を出した。  メイドが小走りでヤスから離れた。急ぐことではないので、ヤスはゆっくりとした歩調でリーゼの家に向かった。  家から5m程度に近づいたときにリーゼが勢いよく家から飛び出してきた。 「リーゼ?どうした?」  手前で止まったがもう一歩でぶつかるところだった。ヤスが手を出していなかったら間違いなく抱きついていただろう。 「ヤスが僕に聞きたい事があるって聞いたから急いで出てきただけだよ!」 「あぁ・・・。言い方が悪かったな。リーゼが知っていたら教えて欲しいだけだけど、急いでいるわけじゃないぞ」 「そうなの?」 「ユーラットに俺を訪ねて来た人がいるらしいから知っていたら教えてほしいだけだ」 「なんだぁ・・・。僕の事じゃない・・・。それで?」 「ん?まずは、リーゼの家に食料を運び込んでから話を聞けばいいと思っているけど駄目か?」 「駄目じゃない!」  ヤスとリーゼは5mの距離を一緒に歩いた。  些細な事だが、リーゼは機嫌を良くしていた。ヤスもリーゼの機嫌が直ったので良かったと考えた。  食料はすでにメイドが運び込んでいた。二人は揃ってリビングに移動した。  メイドがヤスとリーゼに飲み物を出したところで話を切り出した。 「リーゼ。俺に仕事を依頼したいと言ってきた奴がいるらしいけど知っているか?」 「うっ・・・・うん。詳しい話は知らないけど、領主の娘だよ」 「面倒そうな話だな。それじゃ移住を先に進めるように言ったのは正解だったな」 「うん!うん!そのほうがいいよ!」  リーゼのテンションがおかしな状態になっている。 「そうだな。移住の時に、その俺に仕事の依頼をしたいと言ってきた奴も連れてくれば話を聞けるだろう。面倒なら断ればいいだけだからな」  領主の娘と聞いて厄介事に発展する未来しか見えなかった。  断る方向で考え始めていた。アフネスを巻き込めば大丈夫だろうと安易に考えていたのも間違いない事実だ。 「うん!」 「わかった。ひとまずユーラットに行ってくる。リーゼはここに残ってくれ、ミーシャとラナはなるべく早い段階で来てもらう。家に関しては、セバスかツバキなら説明できるだろうしリーゼの補助があれば問題にはならないだろう」 「うん!わかった!僕を頼りにしてくれているのだよね!」 「あぁリーゼが居てくれるから安心できる」  ヤスは、でまかせを言っているわけではない。本心からリーゼを頼りにしているとは違うのだが、ユーラットにリーゼを連れて行かない方法を考えた結果の言葉だ。  交渉をセバスに任せたと言っても最後には自分が判断しなければならない程度の認識は持っていた。  そのためにもリーゼがいると面倒に拍車がかかるような気がしていたのだ。  リビングにメイドが入ってきたタイミングでヤスはリーゼの前から退去した。リーゼが何かいいかけていたのはわかっていたが無視したのだ。 『マルス。リーゼの話を聞いたな』 『はい』 『FITでいいか?』 『問題ないと思われます』 『わかった。準備を頼む』 『了』  ヤスが、神殿の地下一階に移動するとFITがスタンバイされていた。  火を入れる。心地よい振動がヤスを包み込む。 「マルス。行ってくる。セバスに裏口まで迎えに来るように言ってくれ」 『了』  ユーラットへの道を全速力ではないが楽しみながら下った。 (うん。やはり、上りと下りで道を分けよう)  セバスやツバキだけではなく車を運転させようとしているのは自分なのに、楽しみを奪われたくないと思ってしまう辺り業が深いのかもしれない。  上りと下りを分けるのは事故を未然に防ぐ観点からも有効なので誰も反対はしないだろう。 「マスター。お疲れさまです」  ヤスは所定の場所にFITを停めた。 「それでセバス。仕事の話は別にして移住に関してはどうなった?」 「はい。アフネス殿と交渉を行いました結果・・・」  セバスの説明を聞き終えたヤスは問題ないだろうと結論を出した。 「移住者は217名でいいのか?」 「はい。先程マスターと一緒に移動しました3名を加えて220名です」 「そうか、家は足りそうだな。仕事の割り振りなんかも任せて大丈夫だよな?」 「お任せください」 「食料や荷物の運搬はカスパルに担当させるつもりだけどいいよな?」 「問題ありません」 「カスパルに運転を教えるときにセバスと眷属にも教えるからな」 「はい。伺っております」 「眷属たちが講師として今後は運転を教えるけど大丈夫だよな」 「問題ありません」  運送業をやらせるつもりは無いがある程度の人数に運転を教えるのは必要だと考えていた。 「さて、いくか!」 「はい」  ユーラットのギルドにヤスは入っていった。  アフネスとミーシャとラナだけが残っていた。 「ヤス」「ヤス殿」 「アフネス。それに、ミーシャとラナか?他の面子は?」 「今、イザークは領都に住んでいた者たちの相手をしている。ドーリスはサンドラから詳しい話を聞いている」 「そうか・・・。まぁいい。アフネス。移住してくるのは220名だよな?」 「あぁセバス殿に伝えた通りだ」 「住む場所は問題ない」 「住む場所?」  アフネスもミーシャもラナもヤスの言っている事が理解できない。移住で問題になるのが住む場所だと考えていたからだ。  住居を作るために必要になる資材の運搬や建築を行う職人の手配に頭を悩ませていたのだ。職人はドワーフが中心になれば”家の1軒”を建てるだけなら問題ではない。だが、必要になってくる住居の数が多く全員に行き渡るまでの期間をどうして過ごさせるのか考える必要が有ったのだ。  しかし、ヤスは”住む場所”は問題ないと言い切った。理解できなくて当然なのだ。 「直面する問題は食料をどうするかだ・・・。しばらくはユーラットや領都に買いに行く必要があるよな?」 「食料ならユーラットから持っていけばいい」 「アフネス。そういうが、220名を食べさせるだけの食料があるのか?神殿で自給自足に持っていくまで数ヶ月はかかるぞ?」 「そうか・・・。流石に無理だな。領都に・・・」 「それは無理ですわ」  ギルドの奥から出てきたサンドラだった。  ダーホスやドーリスとの話し合いが終わって出てきたサンドラだったのだが、アフネスが言った食料の調達先を領都にするのは無理だと考えていたのだ。 「え?だれ?」 「はじめまして、私はクラウスの娘。サンドラといいます」
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