第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

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幕間 関所の村  俺は、ルーサ。以前は、リップル子爵領の領都で、スラム街の顔役をしていた。  今は、しがない村の村長だ。  俺に、この村を任せたヤス様は頭のネジが数本抜けていても不思議ではない。そんな言葉では生ぬるい可能性だってある。  リップル領からの脱出は簡単だった。レッチュヴェルト(レッチュ領の領都)まで移動してギルドに顔を出したら、領主の屋敷に行けと言われた。どうやら、デイトリッヒが関係していた。俺としては、カイルたちがどうなった確認して、レッチュ領の顔役に話を通しに行く予定だったのだが崩れてしまった。  デイトリッヒが攻略された神殿に居ると教えられた。レッチュ領の裏を仕切っているのは、領主のクラウスが手懐けた者で、神殿で拒否されたらまた話を聞いてもらえることになった。  貴族なんて、結局は同じ穴の狢だと思っていた。  レッチュ辺境伯に会って認識が少しだけ変わった。神殿の主であるヤス様に感謝の言葉を紡いでいた。それだけではなく、俺たちもできるのなら、神殿の主の所で力を奮って欲しいと言われた。  俺たちの力を欲しているのは貴族だけではない。豪商と言われる者たちも情報を求めにやってくる。レッチュ辺境伯も同じだと思ったのだが、辺境伯は神殿の主のために使って欲しいと何度も何度も懇願するように言っていた。デイトリッヒだけではなく、カイルたちも世話になっているのなら、カイルたちが独り立ちするまでは神殿に力を貸してもいいかもしれない。  俺の気持ちを皆に伝えたら、大半の者は”俺の好きにしろ”と言ってくれた。中には、リップル子爵家に特攻を仕掛けると言い出す者も居たが、拠点を定めるのが先だと説明した。  辺境伯から、神殿の話を聞いたが、どこまで本当なのかわからない。  神殿に潜り込もうとしていた仲間は神殿の門の審査で弾かれたと言っている。  全員で歩いて行こうとしたら、辺境伯から紹介された商人が馬車を出してくれた。それだけではなく、辺境伯家の馬車まで貸してくれた。なぜそこまでするのかわからなかった。  神殿が攻略されたばかりだと聞いているので、食い込むためにやっているのかと思ったのだ。  商人は、ユーラットまで行くと言っていた。  俺が知っているユーラットは、辺境の辺境で何もない漁村のイメージだ。エルフ族の・・・。アシュリの宝箱になった”おるごーる”を売ってくれたエルフ族の関係者が居る程度の認識だ。  商人はいろいろ教えてくれた。ただ、全部が信じられない話だった。  神殿の主が、アーティファクトを貸し出して、住民が神殿のユーラットの間を人や物を運んでいる?  神殿の領域には、石壁が設置されていて、一定間隔で水が湧き出す場所があり、その周りになっている木の実は自由に食べていい。ただし、大量に持って帰ろうとすると、次からそいつが居ると木の実が採取できなくなる。食べられる量と少しだけ持っていく量なら問題にはならないのだと言われている。  神殿の門は、人の善悪を見分ける。  他にもいろいろと聞いた。  そして、石壁の話が本当だと知らされた時には、俺たちは神殿の噂はなしを信じるようになっていた。  ユーラットに到着して、ギルドに登録しているメンバーだけで村の中に入った。  寂れた漁村だと聞いていたが、活気が溢れていた。ギルドに顔を出して、神殿に行く方法を聞いた。商人にも聞いていたが、ギルドで正式に告知していると言われたので、筋を通すべきだと思ったのだ。  ギルド長は、辺境伯から俺たちの事情を聞いているのだろう。  快く協力を申し出てくれた。食料の手配までしてくれたのだ。そして、辺境伯と同じ様に、神殿の主であるヤス様の力になってほしいとお願いされた。  俺たちは、指定された場所で待っていると、鉄の箱が神殿の方向から近づいてきた。  ギルド長や辺境伯から説明されている通り、馬が居なくても動く馬車でアーティファクトなのだろう。  降りてきたメイド服を来た女と執事風の男だった。  神殿の主であるヤス様の使いの者だと言っていた。俺たちは、2つの馬車に分けて乗り込んだ。全員が乗り込めたのも驚いたが、持ってきた荷物を含めて全部を乗せて動いたのだ。それだけでも驚愕だったのに、神殿に向かう道は上り坂だ。曲がりくねっているが、かなりの傾斜になっていたが速度を落とさずに登っていった。  速度も馬車の数倍は出ているだろう。驚いたのは、それだけではない。まったく揺れない。座っている椅子がソファーの様に柔らかい。そして、馬車なのに窓がありガラスが使われているのだ。わざわざ馬車にガラス?子供は大喜びだ。馬車に乗る機会も殆どないのに、こんなに早く動く馬車で、外を見られるのだ。俺でも、流れる景色に目を奪われてしまう。  アーティファクトは、門の前で停止した。  降りた所で、執事風の男から説明された。俺たち以外の者は、すでにカードを持っているようで、門を通っていく。 「まずは、代表の方。認証カードの発行をお願いします」  俺が呼ばれた。  小屋の中に通された。 『私は、マルス。マスター。ヤス様に仕える者』  え?なんだ!頭の中に声が・・・。誰だ! 『大丈夫です。貴殿を害するつもりはありません。地域名リップル領のスラムを仕切っていた個体名ルーサ・クロイツ。貴殿だけ、一時的に神殿の門を通る許可を与える。そこで、マスターにお目通りして、マスターの話を聞きなさい』  クロイツの名は捨てた。それよりも・・・。なんで、俺の名前が解る!  話を聞くだけでいいのか! 『個体名ルーサ・クロイツ。(あらため)個体名ルーサ。マスターの話を受けても、断っても、貴殿たちが望むのなら、神殿の門を通る許可を与えます。まずは、個体名ルーサがマスターと話をしなさい』  一つ。聞きたい。 『なんでしょう?』  カイルたちはどうなった? 『個体名カイル。個体名イチカは、マスターからアーティファクトを与えられて、もうすぐ仕事を始めます。他の幼体は寮に住んで学校に通っています』  そうか、しっかり生活出来ているのだな。 『当然です。マスターが保護を約束されたのです。私たちが方針に従うのは当然です。ただし、彼らは保護されるだけでは満足出来ずに、仕事をしたいと言い出したので、マスターが個体名カイルと個体名イチカにアーティファクトを与えて仕事を割り振りました』  わかった。  俺も、俺たちも、貴殿のマルス殿の指示に従う。俺はどうなっても構わない。部下たちは、一緒に来た者たちには寛大な処置を頼む。 『害する予定はありません。個体名ルーサ。貴殿が、マスターと敵対しない限り大丈夫です』  感謝する。  それでどうすればいい?  それから、マルスと名乗った人物からいくつか指示されるが、簡単な話だった。  神殿の主と面談するだけだ。  そう思っていた、その時の俺を殴りたい。  村を任せる?  どこに村がある?  ここは、数日前に通った場所だぞ?なぜ、村が・・・壁が・・・門が・・・。それだけじゃない。俺が、村長?確かに、俺がまとめてきたから、俺が一番の適任だというのは解る。他の連中もそれでいいと言い出した。  イレブンと名乗ったメイドが、ヤス殿が帰ってから説明を始めた。  すぐに、大きな狼の魔物を呼び寄せた。他にも、鷲の魔物を呼んだ。彼らの眷属が、村を守護すると説明する。  そして、人間だと思っていた。イレブンは、ドリュアスで・・・。やはりヤス殿の眷属だと言われた。他にも、執事風の男はエントで眷属だと言われた。直接の眷属ではなく、執事長とメイド長が居てその者たちの眷属だと教えられた。  壁の塔には、眷属が順番で見張りを出すので、俺たちも順番で1-2人程度の見張りを出して欲しいと言われた。  ヤス殿は、村の名前を決めろと言って帰った。イレブンを始めとした眷属たちと、俺たちの代表数名で考えた。  俺が、なにげなく語った”アシュリ”が村の名前になった。  彼女が望んでいた。平和には程遠いかもしれないが、種別の壁がない場所になるのは決定している場所には丁度いいのだろう。  『関所の村アシュリ』が誕生した。  俺が村長だと・・・。向こうに言ったら、アシュリに謝って、自慢しよう。怒るかな?笑うかな?喜んでくれるかな?褒めてくれるかな?楽しみが出来た。
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