第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

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第二十四話 子供と名前とイチカ 「旦那様。テンです。おはようございます。朝からもうしわけございません。ディアス様とイチカ様が面会を求めてお越しです」 「うーん。わかった。工房の執務室に通しておいてくれ、着替えたらすぐに行く」 「かしこまりました」 (昨晩の話かな?まぁ子供関係だろう) --- 昨晩  子供が寝ているのを確認して、ヤスとリーゼは寮に入った。  子供たちは一つの部屋でまとまって寝ていた。ベッドを使うわけでもなく、床で、部屋の奥で肩を寄せ合いながら寝ていた。  それを見たリーゼが急に怒り出した。 「(ヤス!なんなの!)」 「(どうした?まだ慣れていないのだろう?怒るようなことか?)」 「(違う。違う。皇国は、こんな子供に・・・)」  ヤスは、子供たちが起きてしまった時の対応で、リーゼに髪の毛が隠れるフードを渡していた。それだけではなく、マスク(Not布マスク)も渡していた。  子供たちの中で最年長の娘が、ヤスとリーゼの気配を感じて起きてしまった。 「・・・。ごめんなさい。許してください。打つのは私だけで許してください。他の子は許してください」  女の子は泣きそうな声で謝り始める。ヤスが何か言いかけたのを、リーゼが手で制する。 「(なんで、二箇所も?)」「(リーゼ。どうした?)」「(ヤス。後で説明する。先に、神紋を解除する。いいよね?)」「(あぁ頼む)」  リーザは、ヤスに耳打ちするような声で相談してきた。ヤスも、はじめから神紋の解除が目的なので、問題はなかった。 「君。名前は?」 「え?」 「名前は?」 「ありません。二級国民にも劣るからと言われて、名前は付けられていません。31番と呼ばれていました」  リーザの奥歯が悲鳴を上げるように”ギリッ”と音がする。 「そう・・・。子供たちを守りたいのね?」  ヤスは、リーゼから感じる今までにない雰囲気に押されている。ダメな子とばかり思っていたが、認識を改める必要があるのかも知れない。 「はい」  31番と呼ばれていた少女は、ヤスをしっかりと見た。 「神殿の主様ですか?」 「あぁ。ヤスと呼んでくれ」  少女には怯えがあるが、自身の怯えを抑えてヤスをまっすぐに見る。 「ヤス様。私はどうなっても構いません。他の子は、妹たちは助けてください。お願いします」 「ダメだ」 「え?」「・・・」  少女は、ヤスを見上げる目に力を入れるが、心が折れそうになっている。折れそうになっている心を奮い立たせるように、言葉を紡ぐ。 「おね・・・がい・・・し・・ます。わ・・たし・・・は、お・・・ねがい・・・し・・・ま・・・す」  涙が大きな目から溢れ出ても、ヤスから目をそらさない。 「ダメだ。キミを含めて、全員を助ける。キミの犠牲で助かっと聞いたら、妹たちが悲しむだろう?」 「え・・・。あっ・・・。ありがとうございます。ヤス様」 「うーん。”様”も止めてほしいけど・・・」  少女は首をかしげるだけだ。 「旦那様」  リーゼは変装しているので、皆の前でヤスを呼ぶ必要があった時には、”旦那様”とメイドと同じ呼び方をすると決めていた 「すまん。頼む。俺は出ていたほうがいいよな?」 「はい。神紋の場所を確認するから、旦那様は隣室で控えていてください」  リーゼの気持ち悪い言葉遣いがヤスは気になったが、突っ込んでしまったら、せっかくの演技が台無しになってしまう。ヤスは、リーゼに言われたように隣室に移動した。 『マスター。ご報告があります』 『どうした?』 『個体名セバス・セバスチャン。個体名サンドラ。個体名ディトリッヒが仮称関所の森に近づきました』 『関所の森?』 『神殿の東側に広がる森は、地域名魔の森です。神殿の裾野に広がる森は、仮称神殿の森です。新しく支配においた森の仮称として、関所の森を使います』 『わかった。それじゃ明日の昼前には到着するか?』 『はい』 『セバスには、アシュリ村の説明をしておいてくれ』 『了』  ヤスは、隣から聞こえてくる祝詞や会話から神紋の解除が問題なく進んでいると判断した。  30分後、ドアがノックされた。 「開いているよ。起きているよ」  ドアを開けて疲れ切ったリーゼが入ってきた。 「子供たちは?」 「ベッドで寝てもらった」 「12人も?狭くないか?」 「2つあるベッドを繋げた」 「そうか、神紋は?」 「解除できた。最悪だよ。皇国!」 「わかった。わかった。部屋で話を聞く。イチカたちを待たせておくわけにはいかないからな」 「うん」  ヤスとリーゼは、寮から出た。 ---  ヤスが執務室に入ると、最初にイチカが気配を感じて、気がついた。二人は揃って、挨拶をする。 「それで?」  ヤスは、本題に入る。この後、リーゼの所に行って、聞けなかった事情を聞くことになっている。 「ヤスお兄様。ありがとうございます」 「イチカにお礼を言われるような事はしていないぞ?」 「彼女たちの、神紋が消えていました。ヤスお兄様と知らない女性が来て、神紋を消してくれたと言っていました」 「そうだな。それは、解った、神紋を解除した人に伝えておく」 「私が直接会って伝えたいのですが?会えないのですか?」 「会うのは無理だ。俺が無理を言ってお願いした。その時の条件が、”誰にも会わない”だった」 「そうですか・・・。神紋のことを聞きたかったのだけど・・・。それならしょうがないですね」 「それを言うために?」  ディアスが、イチカの肩を叩いた。  まずは、お礼を言いたかったのだろう。でも、本題は違うようだ。 「そうだった。ヤスお兄様。彼女たちに名前を付けたいのですが?ご許可を頂けますか?」 「もちろん。いいぞ?そもそも、俺が許可するものでもないと思うけどな?」 「イチカちゃん。その言い方では、ヤス様には伝わらないわよ。ヤス様。イチカちゃんや、彼女たちは、ヤス様に名前をつけていただきたいのです」 「俺に?」 「はい。お願い出来ますか?」「あっ。ごめんなさい。ヤスお兄様。お願いします」  二人は、同時に頭を下げる。  何か意図しているのだろう。ヤスに名前を付けさせる理由などない。しかし、ディアスは、彼女たちに名前を贈るのなら、ヤス以外に考えられなかった。 「わかった。わかった。12名だよな?」 「はい。女の子だけです」 「年齢別に、『むつき/きさらぎ/やよい/うづき/さつき/みなづき/ふづき/はづき/ながづき/かんなづき/しもつき/しわす』でどうだ?」 「いい名前です」「え?あっありがとうございます」  ディアスは、ヤスが続けて言った名前を一回で覚えた。そして、持ってきたメモにスラスラと書いていった。  書いたメモを、イチカに預けたのだ。 「ヤス様」「ディアス。いい加減に、ヤス様は止めてくれ・・・」 「ヤスさん。彼女たちは、ヤスさんの為に働きたいと言っています」「はい!妹たちと一緒に働きたいと言っています」  イチカがサラッと妹たちを含めて仕事がしたいと言い出した。 「確か、一番上・・・。むつきは、あと数年で成人だよな?」 「・・・。はい」 「まずは、健康になってもらう。それから、いろいろ試してみてできそうな仕事を探そう。まずは、読み書きと計算だな」 「わかりました。寮の部屋はどうしますか?」 「イチカに任せる。しばらくは、同じ部屋で過ごしたほうがいいと思うけど、少人数で分かれる部屋割にも慣れてもらわないと困る」 「わかりました。あの・・・。それで、ヤスお兄様・・・」  イチカが、ディアスの顔を見てから、ヤスの顔を見る。  何か頼みたいのだろう。ディアスは、イチカが考えたことなので、イチカがヤスにお願いすべきだと言ったのだ。 「なんだ?」 「むつきが言うには、他にも・・・」「イチカ。大丈夫だ。俺を信じろ、皇国の奴らが、俺の領域に入ったら、確保する。子供が居たらできるだけ助け出す」 「え・・・。ヤスお兄様。でも・・・」 「あぁ俺の手はそこまで長くない。でも、俺の手で掴める命なら救い出す。それでいいな?」 「はい!ありがとうございます!私も、もっともっとがんばります!」  ディアスがイチカに子供たちに名前が決まったと知らせてあげなさいと言って、先に帰した。  ヤスに元気よく頭を下げて、執務室を飛ぶようにして出ていった。子供たちに早く名前を教えてあげたかったのだろう。  冷えた紅茶で喉を潤してから、ヤスはソファーに座り直した。 「それで、ディアス。イチカに聞かせたくない話なのか?それとも・・・」  ディアスも、冷えた紅茶を一気に飲んでから、ヤスをまっすぐに見て姿勢を正して口を開く。
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