第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

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第二十六話 神紋  ヤスは、リーゼの家で昨晩の結果を含めて聞こうとしていた。  先触れに出た、テンが戻ってきて、リーゼが家に居ると告げられた。マルスに確認すれば済むのだが、ヤスはメイドに仕事を与えたのだ。  リーゼは、家で待っていると言われたので、手土産になるお菓子を持って、リーゼの家に向かう。 「旦那様。ファーストです。リーゼ様がお待ちです」 「ありがとう」  ファーストが、ヤスを案内して、リーゼの家に入る。リビングで、リーゼが緊張した面持ちで待っていた。 「ヤス。昨日の話だよね?」 「そうだ。何があった?」  リーゼがヤスから目線を外すようにして俯いてしまった。そして、ヤスの問いかけに答えないで、ファーストを見つめる。 「うん。あっファースト。ヤスに飲み物をお願い。僕にも同じ物を」 「かしこまりました」  ファーストは、リーゼの言葉に頷いた。 「あっ温かい物だと嬉しいな」  リーゼは、ヤスと同じものと言いながら温かいものと指示を出す。  少しの間、ファーストをリビングから遠ざけたいのだろう。ファーストは、リーゼの意図を感じて、ヤスからの言葉を待った。 「そうだ、ファースト。神殿のリビングに置いてある。紅茶が有っただろう?」 「はい。どれにいたしますか?」  ヤスのリビングには、紅茶を置いていない。紅茶はある程度交換しているが、置いてあるのはキッチンだ。ファーストは、リビングを探して、見つからなければマルスに聞くだろう。そこで、マルスから指示と説明を受けるだろう。 「リーゼは、フルーツの方がいいか?」 「うん。甘いのが嬉しい!」 「そうか、ピーチのフルーツティーがあったと思う。持ってきたお菓子とも合うだろう。テンが居ると思うから、適当に見繕ってくれ」  テンは、リーゼの家の前で待っているはずだ。  ファーストに、テンと一緒に神殿に戻ってもらって、必要な物があるときに取ってきてもらおうと思っている。ヤスは、無意識にエミリアを持っているか確認した。エミリアが手元にあればマルスと連絡するのは簡単だ。神殿内なら問題はないが、リーゼの前で明らかにマルスと離すのはまずいと考えている。 「かしこまりました」  ファーストがヤスの命令を実行するために、リビングから出ていったのを見て、リーゼは明らかに”ほっと”した雰囲気を出して、ヤスに謝罪する。 「ヤス。ごめん」 「なんの事だ?俺は、リーゼと美味しい紅茶が飲みたいと思っただけだぞ?」 「ん・・・。ありがとう」  それはそれで嬉しいリーゼだったが、今は、”もうしわけない”という気持ちの方が強い 「おぉなんのことかわからないけど、わかった。それで?」 「ヤスは、ヤスだね」  リーゼは、はっきりと安心した雰囲気を出している。ヤスの心遣いが嬉しかったのだろう。 「そんなに簡単に変わらない」 「そうだね・・・。ヤス。あのね。僕・・・」 「あぁ」 「ふぅ・・・。あの子たち・・・。神紋が2つ以上付けられていた」  リーゼもリーゼなのだ。説明が圧倒的に足りていない。  リーゼが、子供たちと向き合って神紋を調べるために聖魔法を発動して、すぐに判明したのだ。しかし、ヤスに説明しなかったのは、どこに神紋が書かれているのか解らなかったので、ヤスを部屋から追い出した。その辺りの説明をすっ飛ばしていきなり説明されても、ヤスはわからない。  しかし、リーゼはヤスが”わからない事”が、わからない。 「ん?どういうことだ?」 「僕の聖魔法は少しだけ、本当に少しだけ変わっていて、魔力の繋がりが見える・・・の・・・」  ヤスとしては、2つ以上の神紋が書かれているのを見つけた方法を聞きたいわけではない。子供たちに2つ以上の神紋を書く理由を知りたかったのだ。しかし、リーゼは”やっぱり、ヤスも気になるのか・・・”と落胆して、自分の能力を語るのだった。 「そうなのか?」 「え?ヤス。気持ち悪くないの?」  リーゼが、驚くのも無理はない。精霊でもない限り、魔力を”見る”ことは出来ない。リーゼが、”聖魔法”を使う時に人払いをして、自分だと解らないようにしたのには、”気持ち悪い”と思われる。思われた過去が関係していた。 「なんで?リーゼはリーゼだろ?」 「・・・。うん。そうだよ。僕は、僕だよ」  ヤスの言葉で、リーゼは救われた気持ちになる。  ヤスは、そもそも”魔力が見られる”と言われても”だから何”が正直な感想なのだ。 「それで?」 「あっうん。魔力の繋がりが見えて、複数の神紋が書かれているのがわかったの・・・」 「ふぅーん。なぁリーゼ。神紋って奴隷紋と同じだよな?」 「え?あっ・・・。うん。でも、ヤス。それは、皇国や帝国はもちろん誰にも言わないほうがいいよ?」  リーゼは、心の底から驚いた。神紋と奴隷紋の関係を知っているのはごく一部だと思っていたのだ。リーゼが知っているのは、”神紋”を作ったのが、リーゼの母親と父親と敵対していたエルフ族だったので、対応するために教えられていたのだ。 「ふぅーん。そうか・・・。宗教国家であり、人族至上主義者の塊の国が、同じ人族に神紋と言いながら、奴隷紋を刻んでいるのは問題になるのか?」  ヤスは、考えないで言ったのだが、エルフ族で居ながら、同じエルフやハーフの者たちを、神紋で支配下に置こうとした一派が居たのだ。その技術が、神国に渡って、皇国と帝国に伝わったのだ。元を辿れば、エルフ族にたどり着く。リーゼは、ヤスに”エルフ族”を、嫌いになって欲しくなくて、黙ってしまった。 「ヤス。楽しそうにしないで欲しいな。でも、そうだね。そして、この問題を複雑にしているのは、皇国と帝国だけじゃなくて、神国も”神紋”使っているの・・・」  ヤスの楽しそうな声が、自分の気持ちと違いすぎて戸惑ったが、リーゼは公になっている情報をヤスに教えるのだ。 「へぇ・・・。神国も・・・」 「うん。使い方は違うのだけどね」 「使い方?」 「うん。神国は、国民に使うのではなく、信徒だけに使っている」 「あぁ反抗されないようになのか?」 「すごいね。ヤスは・・・」  リーゼは、ヤスが事情を聞いただけで本質を言い当てたのを素直に称賛した。しかし、ヤスは権力者と権力者に媚びを売る奴らをよく知っているだけなのだ。奴らが、こんな便利な(神紋)を手に入れたら間違いなく乱用するし、その時の状況を推理するのは難しくない。 「ん?それで?」  神国や皇国や帝国の事情も気になるが、まずは子供たちの話を進めたい。 「あ。ごめん。あの子たちの話を先にしたほうがいいよね?」 「そうだな。皇国や帝国や神国も気になるけど、関わらなければ問題にはならないだろう」 「うん。それで、あの子たちだけどね。複数の神紋があってね」 「あぁ」 「どうやら一つでも神紋が消えたら、他の神紋が発動する様になっていたみたい」 「神紋の発動?」 「うん。皇国では、神罰と言っているけど、結局は奴隷紋の拷問みたいな物だと思って」 「おぉわかった」  実際にはわからないが、ラノベの定番だと考えれば推測出来る。ヤスは、話をすすめるために、”わかった”と答えた。 「それでね。全員ではなかったけど、内腿やお腹に紋が書かれていて、それも解りにくいように書かれていて、一つでも発動したら、死んじゃっても不思議じゃない感じになっていた・・・」 「解除は出来たのか?」 「うん。全員、解除したよ。魔力の繋がりはまだ残してあるけど・・・」 「へぇそんな事が出来るのか?」  ヤスは感心したが、意味は解らなかった。 「うん。だから、僕の聖魔法は、少しだけど、本当に少しだけ違うから・・・」 「そうか、でも、助かったよ。リーゼの聖魔法はすごいな」 「え!?ヤス。僕の聖魔法・・・。役に立った?」 「もちろん。リーゼじゃなければ、子供たちを救えなかったからな。助かったよ」 「うん!」  嫌われるかも知れないと考えていたのが、”すごい”と言われて、”助かった”と言われた。リーゼが一番聞きたかった言葉だ。 「魔力の繋がりが残っているのだよな?」 「うん。切るのは簡単だよ?」 「うーん。切ると、神紋を付けた奴は解るのか?」 「うん。解ると思う。そのために、複数の神紋を書いていたのだと思う」 「なぁリーゼ。その魔力の繋がりを他人や別の何か移動できるか?」 「出来るよ?」  ヤスがニヤリを笑った。  ニヒルに笑ったつもりだが、子供がイタズラを思いついた笑いにしかならない。 「準備が必要だけど・・・。なんとかなる・・・かな。なぁリーゼ。眷属の魔物たちを知っているよな?」 「うん。大きな狼とかでしょ?」 「そう。あの狼は、どの程度の強さだと思う?」 「ごめん。ヤスの言っている事がわからないよ。大きな狼が一匹でも村に入ってしまえば、村を放棄すると思うよ」 「・・・そうか、魔力の繋がりは、全部でどのくらいだ?」 「ごめん・・・。覚えてない。でも、一人に最低2本だから、24本はあったよ。でも、多くても30本程度だと思う」 「そうか、準備が必要だけど、頼むことになると思う」 「いいよ。子供のためなのだよね?」 「どうだろうな。生じた事象の責任は俺にある。リーゼや子供たちには責任はない」 「ダメだよ。ヤスが背負う必要はないよ。僕にも背負わせてよ!」 「わかった。わかった。リーゼを頼るよ」  頼るといいながら、ヤスはリーゼに今の段階で背負わせるつもりはなかった。  ヤスは、皇国に対して怒り心頭なのだ。怒っているが、自分が何か出来るとは思っていない。だから、余計にイライラしてしまいそうになる。  ディアスに語った通りなのだ。マルスに命じて、殺されそうになっている二級国民の確保は行わせるが、死んだと思わせるだけで、奴らは痛痒を感じないだろう。だったら、いやがらせをする方向で考えた。リップルや帝国にしたように、皇国にもいやがらせをしようと思ったのだ。
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