第九章 神殿の価値

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第十話 アーデルベルトの思惑  風呂を堪能してから、タブレットを兄のジークムントとハインツから奪い取った。タブレットをニコニコ顔で抱えながら、与えられた部屋に入ったアーデベルトは、早速カタログを見始めた。 「(ふふふ。やはりありました!さすがは、神殿ということでしょう!!!)」  バッケスホーフ王国の第二王女アーデベルト・フォン・バルチュ=バッケスホーフ。近親者や上級貴族の間では、”錬金姫”と呼ばれている。  アデーはカタログから素材がないか探していた。  アデーが、今回、兄であるジークムントの視察に着いてきたのは、神殿の工房に興味が有ったからだ。クラウス辺境伯に、話を聞いていた。神殿では、ドワーフの技術とエルフの技術が融合していると教えられた。  最初に聞いた時には、信じられなかった。しかし、見せられた魔道具は、ドワーフとエルフの技術が見られた。綺麗に融合している魔道具を見て、アデーは戦慄を覚えて、次に歓喜した。神殿に行けば、”錬金術”がさらなる高みに上げられると考えたのだ。  兄であるジークムントを誘導して、神殿の工房を見学する時間を作らせた。許可が降りるかはわからないと言われたが、ダメと言われれば諦めるが、自分だけでも行けないかと粘るつもりで居る。 「(兄様も、剣や防具ではなく、魔道具の素晴らしさを知ればいいのに・・・)」  兄であるジークムントは、王都に住む者なら知っているほどの”剣マニア”なのだ。珍しい剣や素晴らしい剣があると、欲しがる。王家の予算を使うわけではなく、買える範囲で集めるので、文句は出ていない。クラウス辺境伯は、もちろん知っている。知っていて、あえて、ハインツに工房が作った二級品のナイフを持たせた。ジークは、そのナイフを欲しがったが、ハインツは父親の言いつけどおりに、ジークには渡さなかった。どこで手に入れた物なのか教えた。その後で、クラウス辺境伯が、王家に神殿での別荘の話を持ち出したのだ。  アデーはカタログを見ていると時間が経つのを忘れてしまった。  欲しかった薬草もある。それだけではなく、幻と言われている果実の木まで見つけられた。  対価の値を計算し始める。  アデーはフロアをレンタルするのではなく、購入を考えている。  対価を支払えば、欲しかった素材が手に入る環境。別荘ではなく工房を作って、引きこもりたいと考え始めている。第二王女の身分から、政略結婚は避けられない。相手が誰であれ受け入れるつもりではいるが、できれば”錬金術”に理解のある人だと嬉しいと考えていたのだ。  アデーは自分の欲望を満たす方法を考え始めている。サンドラの成功例を見て、なんとかなるのではないかと思い始めているのだ。  まずは、明日の見学を終えてから、兄の説得を行うと心に決めた。  翌日は、サンドラではなくメイドがそのまま案内をすると挨拶をした。 「神殿でメイドをしております。ツバキです。本日は、よろしくおねがいいたします」 「ツバキ殿。よろしく頼む。それで、サンドラ嬢は?」 「サンドラ様は、旦那様。ヤス様にご面会をされております。ジーク様。アデー様。ハインツ様の工房・学校・地下施設・迷宮の見学許可の申請です」 「え?サンドラが?」 「はい。本日は、私が、フロアをご案内いたします」  ジークとアデーとハインツは、ツバキの案内を受けた。  すべてのフロアを巡ってから、アデーは、ツバキにもう一度、フロアを回りたいと言い出した。 「構いませんが、お二人もご一緒なさいますか?」 「お兄様とハインツ様は、お疲れだと思いますので、お休みください」  アデーは、タブレットを持って、草原フロアの見学がしたかったのだ。  ツバキの説明にあった、フロアによって”対価”が違うと言われたのだ。”錬金”で欲しい素材は、概ね手に入るのは解ったが、コストの違いがあるのなら、認識しておきたいと考えたのだ。  ツバキに連れられて、アデーは先程とは違って、フロア内での移動も希望した。  そして、場所の違いで”対価”が違うことも認識した。メモを取りながら、いろいろな場所で素材の確認をしていた。 「アデー様」 「はい。なんでしょうか?」 「なにやら、素材を気になされているようですが?」 「そうですね。欲しい素材の宝庫で、効率がよい方法が無いかと思っています」 「それでしたら、迷宮区での採取の方が、効率が良いと思います。冒険者に依頼を出してもいいですし、神殿に直接依頼を出せば、もっと効率が良いと思います」 「え?冒険者はわかりますが、神殿に直接とは?」 「はい。冒険者ギルドに依頼をだすよりも、神殿に問い合わせたほうが”いい”素材が手に入ります。工房では、貴重な素材は”対価”を支払って入手して、それ以外は冒険者ギルドに依頼を出して、どうしても欲しい場合には、神殿に問い合わせをしています」 「問い合わせ?」  また新しい方法に、アデーは戸惑いを覚えた。 「はい。ヤス様が自ら入手するので、時期も量も対価もわかりません。工房では、出来た物の1-2割をヤス様に渡す条件で貰い受けています」 「その程度で?」 「はい。ですが、ヤス様も確実に入手出来る保証がありません」 「それは、わかりますが、冒険者ギルドに出すよりも確実ですよね?」 「もうしわけありません。私には判断できません」 「ありがとうございます。考えてみます」 「はい。他に、何も無ければ、次は墓地毒沼フロアですが?」 「え?あっ必要ないです。あっ・・・。でも、そのフロアは、出入りを制限することは出来ますか?」 「全部のフロアで可能です」 「・・・。二つのフロアを購入した場合に、対価で支払う数値は合算されますか?」 「少しだけお待ち下さい」  ツバキが、アデーに背中を向けて。  誰かとやり取りしているようだ。  アデーは、一つの可能性を考えたのだ。為政者として残酷なまでの冷徹さで、罪人を裁く場所として墓地毒沼フロアが使えないかと思ったのだ。  罪人を人知れず葬れる場所は、王家だけではなく、貴族をやっていると必ず必要になってくる。辺境伯も、第二子をリップル子爵家に始末させた。その様な場合に、神殿のリゾート区に連れて来て、墓場沼地フロアに隔離する。勝手に死んでくれる。連れて行く方法も、神殿のリゾート区に行くという理由が付けられる。騙す方法としては最良に思えたのだ。 「アデー様。確認いたしました。アデー様が複数のフロアをご契約されて、タブレットを一台で済ませた場合は、ポイントが統合されます。また、墓場毒沼フロアはヤス様からの指示で複数フロアは存在しません」 「ツバキ様。いくつか確認なのですが、タブレットが複数の場合は、分散されるのでしょうか?それとも、合算されて分けられるのでしょうか?」 「分散されます。通常の使い方です。また、統合されている時には、タブレットの持ち出しが可能になりますが、盗難や紛失時には、フロアの代金と同等の金額のお支払いが必要です」 「わかりました。墓場毒沼フロアは、契約者以外にも、入場が可能に出来ますか?」 「可能です。入場の可否は、購入者が決められます」 「入場後に出られなくすることは出来ますか?」 「可能です」 「生きている状況を確認できますか?」 「タブレットで、フロア内の人数が確認出来ます」 「ありがとうございます。ポイントというのは、”対価”で支払う数字の事ですか?」 「そうです」 「昨日、ポイントは、フロアに人が居る状態で増えると言われましたが、墓場毒沼フロアの場合には、人が死んでしまいます。死んだ人のポイントはどうなるのですか?」 「もうしわけありません。私には判断できないので、マルス様にお聞きします。しばらくお待ち下さい」 「わかりました」  アデーは、サンドラやハインツから、”マルス”なる人物が神殿の主である、ヤスのブレーンであると教えられていた。  ツバキが何やら相談している最中に、アデーは神殿との関係を考えていた。  レッチュ辺境伯のやり方が正しいように思えていた。  自分の願望も含まれているが、王家から自分(アーデベルト)が出向いて、友好的に接する。住む場所は、リゾート区でも問題はない。できれば、工房には行ってみたい。ドワーフの職人やエルフの職人と話をしたいと考えていた。 「アデー様。墓場墓地フロア以外で、人が死んだ場合には、調査を行います。墓場毒沼フロアでの死亡は、ポイント還元の対象と考えます」 「ポイントは?」 「平均でよろしいでしょうか?」 「はい。お願いします」 「10-15ポイントになると思われます」 「ありがとうございます」  ツバキが頭を下げて話は終わった。  フロアの説明も終わったので、別荘に戻った。  昨日と同じように、アデーはタブレットを持って、自分にあてがわれた部屋に籠もった。 「お兄様はごまかせても、お母様は無理でしょう。お父様は、お母様を味方につけてから、お父様の説得をお願いしようかしら・・・。豚公爵の一族を、墓場墓地フロアに押し込めたら、さぞ愉快でしょう」  アデーの部屋から、”ふふふ”と含み笑いが夜遅くまで響いていた。
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