第十章 エルフの里

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第三十九話 会話  神殿からヘルプを呼んだ。  今日は、野営を行うことになったのだが、大きな問題が発生しなかったことが気持ち悪い。  姫騎士辺りが、文句を言い出すかと思ったが、おとなしく指示に従っている。 「ヤス様」  オリビア姫が一人で、俺に近づいてきた。 「姫さんか?どうした?」  深刻な表情ではない。  誰も連れていないのは、何か聞きたい事があるのか?それとも、従者や騎士には聞かせたくない話か? 「少しだけお時間を頂けないでしょうか?」  時間?  話がしたいということか? 「あぁ」 「神殿について、教えていただきたいことがあります」 「大丈夫だ。でも、答えられないこともあるぞ?」 「解っております。ヤス様が、話しても大丈夫だと思う範囲で、教えていただければ・・・」  何が聞きたいのか解らないが、確認がしたいのだろう。それとも、何か、心配事か? 「わかった」  オリビア姫からの質問を聞いて納得した。  亡命後の生活に関して漠然とした不安を感じていたようだ。 「うーん。生活まで、補償はできない」  そうか、生活費の事を考えていたのだな。  王都なら、なんだかんだと理由を付けて、”賓客”として迎い入れて、外との接触を減らすのだろう。生活は補償されるけど、籠の中の鳥だ。 「はい。わかっております」 「オリビア嬢は、”野生の豚”と”家畜の豚”どっちが幸せだと思う?」 「え?」 「”野生の豚”は、明日どころか、1秒先に死ぬかもしれないけど、自由だ。”家畜の豚”は、食べ物には困らない。快適な生活が、肉となる寸前まで補償されている」 「・・・。家畜の豚が解らないのですが、要するに食肉の為に飼われている豚と、野山を駈ける豚だと考えれば、後者です。私は自由を、安全な生活も魅力ですが、いずれ殺されるのなら、私は自由を求めます」 「そうか、家畜の豚は、親切な愚か者が、”お前はいずれ殺されてしまう”と教えない限り、親切な人たちに囲まれた生活ができるぞ?」 「はい。解っています。でも、一度、ヤス様のおっしゃった”親切な愚か者”に教えられたら、知らなかった時の様には出来ません」  幸せだと思うのかを聞いたのに、オリビア姫は自分で考えて”野生の豚”になりたい。と、はっきりと言い切った。  それでなければ、いきなり”亡命”を行おうとは思わないだろう。手元に”亡命”のカードがあったとしても切るのは最終手段だろう。帝国での身分があり、生活が不自由になる可能性が高い場所への亡命だ。戸惑うのが当たり前だ。それを即決している。 「わかった。あと、生活費だが・・・」 「しばらくは、持ち出せた物を売って生活費に・・・」 「うーん。それは無理だな」 「え?」 「正確には、辞めた方がいい」 「?」 「オリビア嬢が持っている物が何か知らないが、帝国由来の物なら、生活費に当てるのは難しい。そもそも、”価値の判断ができない”」 「あっ」 「もう一つの理由は、それならユーラット辺りで、交換を申し出てもいいと思うが、6人が生活するだけの交換は難しい」 「難しいですか?」 「あぁ忘れたか?ユーラットも神殿も、帝国に友好的な者たちは居ない。よくてニュートラル。敵対意識はないが、積極的に関わろうとする者は少ない」 「・・・」 「受け入れた側の責任で、しばらくは、こちらで手配する」 「え?よろしいのですか?」 「騒いで、軋轢を産んでしまうほうが厄介だ」 「軋轢?」 「そうだ。今から、アーティファクトと一緒に来る奴らが一番の問題だな」 「え?」 「一人は、恋人を帝国の貴族に殺されている」 「それは・・・」 「よくある事だ。酔っぱらった貴族の子弟が、彼女に酌をさせようとして、断られて、その場で殺した。本当に、よくある話だ。怒った男は、店に居た貴族の子弟を殺して、逃げた」 「・・・」 「二人の子供も一緒に来る。その子供は、帝国の奴隷狩りに会って、親を殺された。親だけではなく、兄を殺され、姉を目の前で犯されてから、殺された。二人を逃がすために、大人たちが犠牲になった。そんな子供たちが、帝国と王国の境にある森に潜んでいた。そんな子供たちのリーダが一緒に来る」 「それは・・・」 「男は、ルーサと呼ばれているが・・・。ルーサは、姫さんを恨んでいない。恋人を殺した者は自分で殺した。『それが貴族で、帝国だ』と冷めた感情で居る。子供の二人、カイルとイチカは、帝国での事を忘れようとしていた。実際に、神殿で大人と触れ合って、遊びを覚えて、仲間を知った。忘れたわけではないが、思い出さない状況になっている」 「それなら・・・」 「もう、あと数時間で到着する。どうする?逃げるか?」 「いえ、逃げません」  逃げないとは思っていたが、逃げないと宣言するとは思わなかった。  オリビア姫は大丈夫だな。  ルーサは、大丈夫だろう。カイルとイチカが問題だけど、二人なら大丈夫だと思いたい。問題は、神殿側ではないと思う。  今は、オリビア姫が抑えてくれるから大丈夫だろうけど・・・。 「それなら、生活費を稼ぐ方法がある」 「え?」 「騎士たちは、戦えるのなら、ギルドの依頼を受けて、素材の採取を行えばいい。騎士だからとか言い出すようなら、勝手にしてくれ」 「それは・・・。言い聞かせます」 「オリビア嬢とメルリダとルカリダは、戦えないよな?あっ。護身術や暗殺術じゃないぞ?対魔物という意味だ」 「はい。慣れれば大丈夫だとは思いますが・・・」 「あぁ違う。違う。3人は、神殿付きのギルドの職員なら推薦できる」 「え?」 「詳しい話は、ギルドで聞くことにはなるが、神殿への依頼の振り分けや情報分析が仕事だ。オリビア嬢が得意なことが解らないが、従者の二人は得意だろう?」 「・・・。はい」 「最初は、針の筵だぞ?相当な覚悟が必要だぞ?ゼロからのスタートではなく、マイナスからのスタートだ。それでもいいのなら、紹介する」  実際に、ギルドなら・・・。  オリビア姫が無駄なプライドさえ出さなければ問題は起きないだろう。神殿のギルドで無理なら、神殿やユーラットでの活動は”不可能”だと考えなければならない。 「わかりました。皆と話をしてみます」  皆に話しても結論がすぐに出るわけではない。  姫騎士は、俺や神殿がサポートするのが当然だと言い出しかねない。先に、”賓客”ではないと、はっきりと伝えておいた方がいいだろう。  ”賓客”が良ければ、辺境伯辺りに保護されて、政治の道具にされればいい。俺は、帝国と積極的に争うつもりはない。だから、”賓客”として招いて、政治の道具にする気もない。  俺の話から、何かを悟ったのだろう。いい方向に転がってくれたら嬉しい。 「わかった。夜明けには到着するだろう。朝方には出発するから、寝ておいた方がいい。アーティファクトの中でも寝られるけど、一応・・・。皆に伝えてくれ」 「ありがとうございます。いろいろ、ありがとうございます。失礼いたします」  オリビア姫が頭を下げて馬車に戻っていく、野営の準備は終わっているようなので、仮眠くらいはできるだろう。  俺も、FITに戻って、リーゼと話をしてから、寝る事にする。 『マスター』  頭の中に声が響くと、簡単に起きられる。  ナビに情報が表示されている。  ルーサが近づいてきている。あと、1時間くらいで到着するようだ。 「マルス。ルーサに休憩を取るように伝えてくれ」 『了』 「そうだな。仮眠を取ってから来るように伝えてくれ、そうしたら、到着が朝方になるだろう」 『了』  もう少しだけ寝ていられそうだ。  独特の音がする前に目を醒まして、外に出ていれば問題はないだろう。  姫騎士あたりが問題を起こすと思っているのだけど、出来れば、神殿に付く前に問題が発覚してくれると嬉しい。対処が楽だ。神殿に到着してからだと、対象になる人間が増えてしまう。それでなくても、エルフの里で神経をすり減らされた経緯から、しばらくはゆっくりとしたいと思っている。  隣で寝息を立てているリーゼも疲れているのか、起きる気配がない。  頭を軽く撫でてから、意識を手放した。
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