第十一章 ユーラット

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第二十話 エルフの里 ”コア:マリア” ”はい。マルス様” ”コア:マリア。貴方の巫女は近くにいますか?” ”最終候補者は、里に戻っております” ”急がなくても良いのですが、神託を降ろしてください” ”かしこまりました”  マルスから、エルフの里に居る者たちに神託を降ろすように依頼が出た。  エルフの里は、アデヴィト帝国とは直接は国境を接していない。  しかし、帝国の複数の属国とは国境を接している。  帝国が、神殿への圧力と同時に、エルフの里に侵攻する可能性は低い。  しかし、マルスは、可能性の一つとして考えていた。  マルスは、ヤスにはマルスとしての考察だと情報を伝えている。神殿に居る者たちには、セバスの考察だと伝えている。  同時に、マリアに神託を降ろさせることで、巫女と巫女を取り巻く状況を整えてしまおうことにした。 ---  エルフの里は、ヤスとリーゼが訪れて、不穏分子を排除したことで、元の状態に戻りつつあった。  引きこもり気質なエルフが、森に引き籠った。  外部に作っていた里は、閉鎖はしていないが、人数を大きく減らした。  神殿に、連行されたのが大きな理由だが、アーティファクトに興味を持ち、外の世界との繋がりを断絶する里との決別を考えた者たちが、里から出て行った。エルフたちは大きく二つに分かれてしまっている。  復活した聖樹に寄り添い森での生活を続ける者。  因習に捕らわれる事を嫌い外に出る者。  外部との接触を断つのはダメだと里に残る者。  復活した聖樹は、巫女の末裔以外からも巫女を探している。  エルフの里は、巫女が選ばれるかもしれないと大騒ぎになった。エルフの里を去った者も、外部で出会ったエルフに聖樹の復活と巫女の話をしている。エルフの村には、里を出て行った者たちの末裔が集まり始めている。  マリアは、村からは巫女を選ばなかった。  適性が低いこともあるが、自分(聖樹)の蔑ろにしてきた者たちの中から選ぶ気持ちにはならなかった。ラフネスは、血筋で考えれば巫女に相応しいが、本人が辞退した。里には戻ることもあるが、村をまとめる役割を担っている。 「マ、マリア様!」  聖樹の分体が、ラフネスの所に姿を現す。  ヤスから話を聞いているので、驚きはしているが、すぐに切り替えるくらいの経験を持ち合わせていた。 「ラフネス。巫女たちを集めて」 「え?」 「貴女と里長と一緒に、里の神殿に来て」 「はい」  ラフネスの返答は極めて短く事務的な物だ。  巫女たちと聖樹が言っている事から、里から村に来ている者を集めてこいという事なのだろう。  巫女と一緒に来るようにと、ラフネスが呼ばれた。ラフネスは辞退をしているが、巫女候補から外されていない。  ラフネスも、解っている。  聖樹との相性を考えれば・・・。ハイ・エルフの血筋を持つ自分が相応しいことも・・・。  しかし、ラフネスは、ヤスやリーゼと敵対した事実があり、周りが認めても、自分で自分を認められていない。ヤスとリーゼは気にしないと言っているのだが、自分がそれに甘えるのは違うと考えている。  ラフネスは、村で修行(勉強)をしていた巫女候補の二人の少女を連れて、里に戻る。 「ラフネス様。本日は?」 「マリア様が、皆に話があると言われました」 「「え?」」  二人の少女は、自分が巫女候補だと知らされている。他にも里にも、3人の候補がいる。  巫女候補として、里の周りで魔物との戦闘訓練を行っている。  村では、エルフを取り巻く情勢をしっかりと学んでいる。  気が長いエルフ族だが、聖樹の復活と巫女の選定は、悲願だ。巫女の選定が行われることを一日千秋の思いで待っている。  里にラフネスたちが辿り着いた時には、聖樹からマリアが里に降りてきた。  もちろん、里に作られた神殿の中だ。  中に入ることが許されているのは、里長とラフネスと5人の巫女候補だけだ。  マリアが顕現したことで、皆が跪こうとするが、マリアが制した。  里長が一歩だけ前に出て、深々と頭を下げる。 「マリア様」 ”帝国が、元王国の一部に侵略を行います” 「え?」 ”彼の地だけではなく、村や里にも侵攻の兆しがある” 「マリア様!」 ”彼の地から援軍が来る。里長とラフネスで出迎えろ” 「はっ」「はい」 ”5人の巫女は、アリア。カリア。サリア。タリア。ナリアと名乗ることを許す。氏族を興せ。氏としての呼称を許す。巫女は氏族以外からも選ぶ。特権だと考えるな”  5人は、震えながら跪いて頭を深々と下げる。  マリアから注がれる光が形となる。  5色のチャームがついたイヤリングになった。  5人はそれぞれの色を持つイヤリングを装着する。  今度は、5人が巫女として活動を行う事になる。 ”里長” 「はい」 ”里長は、巫女の氏族以外から選ぶように、世襲は許さない” 「はっ」  里長の座は、今までは世襲に近い形になっていたのを、マリアはやらない様に伝える。  全ては、マルスの考えに沿っている。  ラフネスは黙って話を聞いている。  聞いているだけだが、エルフの里と村が上手く回り始めているのは実感している。  エルフは、長命種だ。  その為に、物事を長期的に考える”フリ”をしている。しかし、それでは、太刀打ちできない存在がいることを知った。 --- 「ルーサ。悪いな」 「大将。気にしないでくれ」 「エルフの里が侵攻対象になるとは考えていなかった」 「大将。そう言っても、セバス殿が情報分析をしたで、わずかだが可能性があるのだろう?」 「あぁ今までの帝国のやり方を分析した結果らしい」 「そうか・・・。でも、この戦力を送れば、大丈夫だろう」 「そうだな。10万は無理でも、1-2万程度なら、撃退ができるだろう」 「でも、いいのか?」 「ん?あぁエルフたちか?」 「そっちもだけど・・・」  ルーサの視線の先には、嬉しそうに準備をしているカイルとイチカ。それに、子供たちが居る。  ヤスは、マルスからの助言を受ける形で、カイルとイチカをエルフの里に送り込むことにした。  アーティファクトの運転技術を加味すれば、負けることはないだろう。  ルーサは、エルフの村に戦力を置いたら神殿に帰ってくる。  エルフの里で、戦力を率いるのは、ディアス・アラニスだ。  イワンの工房で作られた2級品の武器を大量に持たせている。  そこに、矯正が終わったエルフたちを一緒に届ける。  全員が、神殿の共有奴隷になっている。塹壕を作り、陣地を作り、戦場を特定させることで、アーティファクトの運用が有利に進められる。 「イチカ!カイル!」 「はい!」「なに?」 「カイル。”なに?”ではなくて、しっかりと返事をしろ」 「あっ!”はい”ヤス様」 「ははは。イチカ。気にしなくていい。カイルもイチカも無理は絶対にするな。お前たちの役割は解っているな?」 「「はい!」」  ヤスが、罰として科した命令だ。  ヤスが二人に命じたのは、ルーサの手助けを行うこと。  子供たちをエルフの里に届けて、向こうでエルフ族に渡すイワン製の武器の訓練を行うこと。  そして、帝国の侵攻が始まった場合に、全員で戻ってくること。  この3点だ。  イチカとカイルと子供たちは、戦闘には参加しない。  巻き込まれることも考えられるので、アーティファクトを使った戦闘は許可をだしている。しかし、逃げるように言っている。怪我も許さない。戦闘行為に及ぶのなら完封して来いと命令している。 「ルーサ。頼む。無理はしなくていい。エルフの里も大事だけど、お前たちの命と比べられるものではない。いいか、必ず帰ってこい。これは命令だ。死んだら許さない」 「大将!死んだら、許さないもないと思うぞ?」 「そう思うか?俺なら、神殿の力を使って、ルーサをアンデッドで蘇らせる。そのまま、使役して使いつぶしてやる」 「ひでぇ」 「嫌なら、死ぬな。帰ってこい」 「わかった」  ヤスとルーサのやり取りを聞いて、イチカとカイルと子供たちは笑い声をあげる。  エルフたちは、表情を硬くしている。ヤスの言葉が冗談ではないことを知っている。  ルーサもカイルもイチカも冗談だとは思っていない。  思っていないが、死ぬつもりはない。生きて帰ってきて、ヤスに褒めてもらうことしか考えていない。  ルーサが運搬するトラックに押し込まれる形になるエルフたち。  イチカとカイルは、モンキーで移動を行う。子供たちは、ランドルフが運転するバスにディアス・アラニスと一緒に乗り込む。  西門から皆が出て行った。  バスが西門を出てからも、ヤスは暫くの間、見送っていた。  横には、リーゼが立って、同じ方向を見ていた。
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