第十一章 ユーラット

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第二十四話 侵攻(3)  ヤスは指令室?で、まったりと過ごしていた。 「ねぇヤス。動きがないね」  リーゼは、すでに飽きてしまっている。  地図上に表示されている帝国軍の進み具合を楽しそうに見ていたが、遅々として進まない行軍を見ていても飽きてしまっている。 「ん?あるぞ?」  ヤスの指摘した通りに、微妙な違いだが、動きは見られる。  部隊を二つに分けている。  二つに分かれた部隊の片方が、さらに二つに分裂をしている。  一つは、オリビアを支援する者たちで構成されている。内通者が既に連絡をしてきている。  情報は常に更新されている。 「あるけど、ないね」  ヤスは、リーゼが言っていることも解る。  リーゼとしては、攻められる状況になっているのに、帝国が攻めてこない理由が解らないのだ。  帝国は、手柄は自分の部隊で独占したが、自分たちが犠牲になるのは避けたいと考えている。  神殿にダメージを与える役割を、相手に押し付けて、神殿が動いてから、戦力が薄くなった場所を攻めたいと考えているのだ。  遅々として行軍が進まないのは、両陣営の考えが同じ状況になってしまっているためだ。  神殿を脅威と考えていないために、帝国は既に神殿を滅ぼした後の状況を考えてしまっている。より、多くの手柄を建てた方が、皇帝の椅子に近づけると考えてしまっている。 「ねぇヤス」 「ん?いいぞ。何か、動きがあれば、ファーストが迎えに」「違う!」 「どうした?」 「お腹空いたよね?」 「あぁそうだな。何か、食べるか?」  ヤスが周りを見れば、皆も頷いている。  マリーカが食事の準備をする為に部屋を出ようとしたのを、オリビアが止めて、メルリダとルカリダを使って欲しいとお願いしてきた。  ヤスが頷いて、ヤスの後ろに居たセカンドが学校にある厨房に案内をするように指示した。  大量ではないが、人数分の食事を用意して、これから待機時間も長くなる。人の入れ替わりもあるだろうから、手軽に食べられる物を作っておくことにした。飲み物も用意するように指示を出した。飲み物は、セバスが用意することになった。  リーゼが料理を手伝う《つまみ食い》ために一緒に着いて行った。 「ヤス様」  オリビアは、自分の席からヤスに話しかける。  作戦室は、個々の席が決められている。  ヤスとしては、自由でよいと思ったのだが、サンドラやオリビアから反対された。  書類などを置いておきたいというのが表向きの理由だ。裏の理由は、ヤスには伝えられていない。 「どうした?」 「帝国軍は、三つにわかれました」 「そうだな」 「一つが、ユーラットに向うと思うのですが、ユーラットはどうするのですか?」 「あぁ・・・。そうか、言っていなかったな。ユーラットは放棄することになる」 「え?」 「ユーラットに向うのは、第二皇子だよな?」 「はい」 「可哀そうだが、捕虜になってもらう。ユーラットに来てなければ、捕虜には出来ないけどな。オリビアの話と、今までの情報から、自ら乗り込んでくるだろう?」 「そうですね。捕虜?放棄?」 「辺境伯にも、承諾をもらっている。サンドラ」 「はい。ヤス様のおっしゃっている通りです。ユーラットは、辺境伯家の飛び地です。神殿に吸収されていない場所で、神殿が助力するための、根拠が必要になってしまいます」  サンドラの説明を聞いて、オリビアが納得の表情になる。  ヤスとしては、ユーラットを見捨てるような作戦は実行したくなかったが、サンドラだけではなく、アフネスにも説得されてしまった。ユーラットの住民たちは、帝国の侵攻に合わせて、アシュリに移動することになっている。  ただ、ヒルダの出方が不明なために、現状は何も気が付かないように振舞っている。  演技が出来ない者や腹の底を寛太に見せてしまう者は、先にアシュリや辺境伯領に移動を開始している。  ヤスは、アフネスはさっさと神殿に来て、全体を見ていて欲しかったが、ユーラットを見捨てる作戦を立案した者として、最後の一人になると宣言して、ユーラットに戻ってしまっている。アフネスが戻っているのなら、当然の様にロブアンもユーラットに戻っている。神殿に来て、リーゼの顔を見たら、安心してユーラットにアフネスと戻ってしまった。ヤスは、ロブアンにも神殿に残って出来たら、神殿で宿屋のとりまとめをして欲しかったが、本人の強い意向で、ロブアンを宿屋の元締めにするのは諦めた。  現状の確認を行いつつ、今後の展開の話をしていたら、料理が運ばれてきた。  リーゼは自分で作ったサンドイッチを持って、ヤスの隣に座る。  どうやら、自分で作ったサンドイッチをヤスと食べたいらしい。  ヤスは、何も言わずに、リーゼが差し出してきたサンドイッチを受け取って食べ始める。 「ヤス」 「ん?うまいな」 「え、えへ」 「次の動きがあるのは、2-3日後か?」  ヤスの言葉を、サンドラが肯定する。 「ヤス様。上のお兄様を捕虜にするというのは?」 「あぁ第一皇子に、第二皇子が捕虜になったと教えてやろうと思っている」 「え?」 「その時に、第一皇子が負けていたら、無理して侵攻を継続しないだろう?勝っていたら、勢いに乗って攻め込んでくるだろう?」 「負けていたら、逃げるという選択はしないと思います」 「それなら、後方を遮断する動きをすればいい」 「・・・。そうですね。でも、お兄様が勝っていたら?」 「そのまま侵攻させてから、後方を遮断する」 「え?それだと・・・」 「トーアヴェルデは、砦に籠って遠距離からの攻撃を行う。所謂、嫌がらせの攻撃だ。確かに、占領は出来ているように見えるだろう。神殿側は、徐々に後退しているからな。砦で徹底抗戦の構えを見せて、後方を遮断して、物資を奪う」 「孤立させるのですか?」 「そうだ。あとは、帝国の物資を奪って、自国内で焦土戦術にかけられたような状況になってもらう。この際だから、帝国民に徹底的に帝国の上層部が民のことを考えていないと思わせる。本当の敵は貴族だという認識を植え付ける」 「・・・。ヤス様は、帝国をどうするのですか?」 「うーん。内戦は避けたい。第三皇子に期待かな?」 「え?弟ですか?」 「あぁほら・・・」  ヤスが示す場所には、小規模の集団が記されている。 「これは?」 「方向から、エルフの里に向っていると思う。商隊だとは思えない。速度が、商隊よりも早い。マルスの予想だと、騎馬だけで構成された集団だ」 「・・・」 「速度から、馬車は繋がれていない。そうなると、騎馬だけでの移動で、向うのがエルフの里。強襲も考えられるが、数が少ない」 「はい」 「使者と考えると数が多いように思える」 「そうですね」 「可能性の一つとして、エルフの里に貴人が亡命することだけど、エルフの里で受け入れて来るとは考える帝国の貴人は居ないだろう?」 「そうですね。帝国が、エルフの里にしてきたことを考えれば、楽観的に考えても無理だと思います」 「そうなると・・・」 「そうですね。弟がエルフの里を通して、王国か・・・。神殿に恭順の意思を伝えるための騎馬隊?」 「その可能性もある。なので、エルフの里には、既に連絡を入れてある」 「わかりました。そうなると、完全に始末するのは、一番上のお兄様ですか?」 「始末は考えていない。負けて、帰ってもらう。その道中には、食料も安心できる寝床もないだけだ。第二皇子は、捕虜として王国に引き渡す。王国が、どんな処遇を行うのかは、神殿には関係がない。襲われたのは、ユーラットだ。第二皇子の身柄は、王国に輸送する。ただ、第二皇子に従った一般兵は、アシュリでしっかりと治療と食事と睡眠を取らせる予定だ」  ヤスの説明は続いたが、作戦案に書かれている内容だ。  リーゼだけが熱心に聞いている状況だが、ヤスは説明を続けた。  皆も、リーゼの理解が出来ていない内容が含まれていることは解っているので、ヤスの説明を聞いている。  全部の説明が終わってから、ヤスはオリビアとサンドラに、リーゼに見えないように手でサインをする。  ヤスも、オリビアとサンドラがリーゼの為に、説明を求めたことが解っていたのだ。
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