第十一章 ユーラット

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第二十九話 第三皇子  皇都からの脱出に成功した。  皇帝は、第一皇子と第二皇子の対立を利用して、王国にある神殿を攻め落とそうとしている。  僕が調べた限りでは、神殿を攻め落とすのは兄さんたちでは不可能だ。もちろん、僕にも不可能だ。もっと言えば、帝国の勢力が協力して、全方位から同時に攻め込まない限りは攻め落とすのは無理だろう。  皇帝は・・・。父は、焦っているのかもしれない。  それに、兄さんたちは乗せられてしまった。  妹は、上手くやったようだ。  兄さんたちは、妹を追い出したつもりでいるが、僕から見たら、妹は上手く逃げ出して、神殿に逃げ込んだと見るべきだろう。送られてくる報告も、どこか怪しい。誘導されているようにしか思えない。  戦端が開かれたように思えるが、父さんに届けられる報告は、都合よく書かれているとしか思えない。  神殿の力は、王国に新しく現れた神殿の主の力は、兄さんたち協力する貴族家だけで戦えるような力ではないと思う。  僕の派閥は、妹を支える者たちよりも小さい。妹と僕の派閥を合わせて、第一皇子の派閥の半分程度だろう。その第一皇子の派閥も、第二皇子の7割程度の派閥だ。  第一皇子は、神殿の攻略で力を示したいようだ。  第二皇子は、協力の姿勢を見せながらも、第一皇子に取って代わることを考えている。  そんな、簡単にできるはずがない。皇帝が何を考えて許可を出したのか解らない。そもそも、正確な判断ができる状態なのか、僕には解らない。数年は皇帝に会っていない。宰相が、皇帝の言葉を代弁している。皇后も、それに従っている。皇后は、僕と妹の母親ではない。僕と妹は、母親は同じだ。所謂、妾腹だ。ただ、もう母親は殺されてしまっている。アラニスの一族を貶めるために母親の命が使われた。  今の皇后は、本当に愚かだ。  砂上の楼閣で、血で満たされたワイングラスを傾けるのだろう。 「どうしますか?」  僕の従者を務めている男だ。確か、王国に隣接する場所に領地を持つ子爵家の三男だ。  領地は、長男が継ぐ。長男は、第二皇子派閥に属している。長男と仲が悪く、家の方針にも従いたくなくて、僕の所に身を寄せている。 「うーん。君は、領地に戻ってもいいよ?」 「殿下!私は、殿下に着いて行きます。数は少ないのですが・・・。私と気持ちを同じくしている者も居ます。どうか、殿下と・・・」  困ってしまう。  僕は、王国に・・・。言い方が悪いけど、帝国を売ろうとしている。  殺されたくないけど、後で知られて殺されるのは嫌だな。 「・・・。うーん」 「殿下!どうか、我ら、50名は、殿下と共に・・・。何処までも・・・」  なんで僕に従おうとしているのかよくわからない。  僕は、この者たちに何もしていない。たまに訓練をしている時に、声を掛けるくらいだ。うーん。心当たりが全くない。  50名か?  馬を調達してきている?  馬車も?  凄いね。 「いいけど、僕は、帝国を裏切るよ?」 「かまいません!私たちは、殿下に従うのみです」 「え?僕?なんで?」  疑問に思っていた事が声に出てしまった。  皆の表情が緩むのが解った。  え?なんで? 「殿下。殿下にお仕えするのが、我らの望みです」  うーん。  もう聞いちゃった方がいいよね?  これから、一緒に居る時間が増えるのなら、疑問は解消しておいた方がいい。 「僕?ねぇ、君たちは、なんで僕に従うの?本当に疑問だけど?皆の顔と名前は解るけど、僕との設定は少ないよね?いや、殆どないよね?」  皆の表情が変わる。  やっぱり・・・。失敗かな?まぁ僕は、一人でも・・・。少しだけ、悲しいな。 「殿下」 「なに?」 「第一皇子と第二皇子。それに、第一皇女と第二皇女は、私たちのような、下々の名前も顔を覚えません」 「え?そんなことは・・・」 「いえ、覚えていません。皇子と皇女・・・。今は、公爵夫人ですが、覚えているのは、貴族の当主と跡継ぎを除けば、自分たちにすり寄ってくる者たちだけです。私たちは、奴隷と同じで数を把握しておけばよいと考えていると思います」  既に、兄や姉たちの事を話すときに敬称を付けていない。  敬う必要がないのか?  僕も、敬う気持ちがないから丁度良いのかもしれない。  皆が口々に僕の事を褒めるから、途中で手を上げて、一緒に行くことにした。  これ以上、褒められると、恥ずかしくなってしまう。  確かに、微かに記憶にあるが、よく覚えていない。  助けた気持ちはない。兄や姉の態度が気に入らなくて、その時に、罰を受けていた者を匿っただけだ。妹も同じような事をしている。  妹は、僕よりも、従者や侍女を助けていた。  そうか・・・。 「殿下?」 「あっ。ごめん。そうだね。食料も大丈夫そうだし、エルフの里に向かおう」 「え?よろしいのですか?」 「ん?なにが?」 「エルフの里には、公爵夫人たちが攻めているはずです」 「あぁ大丈夫。大丈夫。神殿が、助けていると思うよ。それに、エルフたちが、森に引き籠ったら、属国になっている公爵領の兵士では戦いにならないと思うよ?」  皆の顔が固まる。  そんなに不思議な想像か? 「神殿には、アーティファクトがあるのだろう?僕は、一度だけ見たけど、あれはダメだ。弓も効かない。兵士が使うような武器では傷がつく程度だ。それが、馬の数倍の早さで突っ込んでくるのだよ?馬車が突っ込んでくるだけでも人は簡単に死ぬよね?馬車よりも大きく主そうな鉄で出来たアーティファクトだよ。あれはダメだよ。小回りができないから、一台なら逃げられるとは思うけど、戦争になったら、神殿も一台だけで対応するとは思えないよね?それこそ、王国中を走っているアーティファクトが何台あると思う?無理。無理。戦いになると思っているとしたら、愚か者だね」  一気にまくし立てたが、数名は、前回の紛争に駆り出されて、アーティファクトを実際に見ていて、僕の話を補填してくれた。  皆が納得した所で、エルフの里に向けて出発する。  そうだ。  どちらの兄か忘れたけど、ユーラットには秘宝があり、それが手に入れば、王国を支配できるとか言っていたけど・・・。  まぁ僕には関係ない事だな。  ユーラットは王国の領土だけど、神殿に従属しているのは、話を聞くだけでも解ってしまう。  神殿の主の人柄から、ユーラットを見捨てる事はないだろう。  それどころか、エルフの里も見捨てないだろう。  オリビアは、しっかりと神殿に喰い込んでいるかな?  オリビアが神殿に喰い込んでいたら、僕の立場も安泰だけど・・・。難しいかな?神殿の主が、お人好しだとしても、この短期間では難しいだろうな。帝国の情報を流しているだろうけど、オリビアが持っている情報では信頼を得るには足りないと思う。僕が、オリビアの情報を補完して、僕とオリビアの安全と引き換えに出来れば、最良だけど・・・。  その為には、公爵夫人たちはさっさと負けて逃げ出している状況が望ましい。そのうえで、兄たちが頑張って、神殿との戦争が膠着状態になっているのが、僕としてはベストなシナリオだけど・・・。難しいかな?  エルフの里に急げば、公爵夫人たちの戦いに巻き込まれる。ゆっくり移動すれば、エルフの里の戦いは終結している可能性があるけど、大本の神殿対帝国の戦いも終わってしまっている可能性がある。神殿が逆侵攻するとは思えないから、そうなったら、神殿に保護してもらうために別の策を考える必要が出て来る。面倒だけど、命には変えられない。時間が許す限り、考えることができる。  50人の部下は、流れで出来てしまったけど、戦争を行う集団としては小さいが、安全に移動するための人数だと思えば、丁度いいかもしれない。  あと、神殿が負けるとは思わないけど、助力を行うのにも丁度いい人数だと思える。  いろいろ考えるけど、僕と50名の安全を確保する為に、僕と50人をできるだけ高く神殿に売りつけないと・・・。
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