第七章 王都ヴァイゼ

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 ドーリスが、領主とコンラートに神殿の主であるヤスについての話をしている頃・・・。  当のヤスはエミリアでダウンロードしてあった小説(ラノベ)を読みふけっていた。普段は、書籍を購入していたがネット小説はオフラインでも読めるようにダウンロードしてあったのだ。続きが読みたいと思うのだが、続きはまだ表示されていない。アクセスをしているようにも思えるので新作が出てくるのを少し期待しているのだ。 (まだ掛かりそうだな。一眠りしておくか?)  エミリアに表示されている結界の様子を見ながらヤスは身体を横にした。 『マスター。敵勢反応です』 「敵?」 『はい。門から死角になる場所から結界(ディアナ)に攻撃が行われています』 「大丈夫なのか?」 『問題はありません。魔法での攻撃もありましたが、現在の損傷率0%です』 「それは攻撃なのか?」 『はい。攻撃に該当します』 「でも、損傷していないのだろう?」 『はい。無傷です』 「それじゃ放置でいい。損傷したら教えてくれ」 『かしこまりました』 「エミリア。そう言えば、結界は損傷していないのだよな?」 『損傷していません』 「なんでだ?」 『停車中で結界の張り直しが発生していないためです』 「ふぅーん。そうか・・・。まぁいいか・・・」  返事を聞いて本当に興味がなくなってしまったのか、ヤスは横になり目をつぶった。  最終局面になっていたドーリスと領主とコンラートの話は、今後の予定を確認するための話に移っていた。 「それでは、王都ヴァイゼまでの道にある街には寄ってもらえるのだな?」 「そのつもりです。各街のギルドで、食料を集めてもらう予定にしています」 「ドーリス殿。魔通信機でサンドラから話を聞いたが、本当にそれほど集めて持っていけるのか?巨大なアイテムボックスが使えるのか?」  領主が疑問に思うのも当然だ。  アイテムボックスは通常1人が持てる量が決まっている。大きい人でも30人分の荷物を持てる程度だ。1人の荷物なら30泊分が限界だ。 「いえ、ヤス殿のアーティファクトで運びます。速度が早いので、日持ちしないものでも運ぶことが出来ます」 「日数はわかるのだが、量が問題にならないのか?」 「確か、街は8箇所ですよね?」 「そうだな。食料調達と協力してくれそうな領主の街を考えると、9・・・。いや、8箇所だな」 「クラウス様?」  コンラートが不思議な表情を浮かべる。 「コンラート。リップル子爵家と言えばわかるだろう?」  コンラートは、子爵家の名前を聞いて納得した。 「リップル子爵?確か、辺境伯の領地に守られる形になっている子爵家ですよね?」  ドーリスは自分が持っていた知識を呼び起こそうと子爵家を引き出しから引っ張り出した。 「あ!」  皆の視線がドーリスに集まる。 「失礼しました。領主様。わかりました、ヤス殿の道案内は私が行います。リップル子爵家の領地は通らないようにします」 「そうだね。そうしてくれると助かる」 「余計な軋轢を産む必要はないな。もともと、子爵家の街に寄る予定にはなっていないから、遠回りになるが子爵家の領地を避ける道を考えることとしよう」 「お願いします」  領主が”ポン”と手を叩いた。 「そうだ。1箇所追加で行ってもらいたいところが有るけど大丈夫かい?」 「最終的な判断は、ヤス殿に委ねられますが道案内が不自然にならなければ大丈夫だと思います」 「よかったそれでは・・・」  領主からの依頼は、子爵家の領地を避けると自然と向かうことになる寒村だ。そこに”塩”を届けて欲しいという依頼だったのだ。サンドラの祖母が産まれた村で支援要請は来ていないが、そろそろ塩がなくなる時期だということだ。普段なら、守備隊を向かわせるのだが、今回はヤスに依頼したいらしい。 「荷物を運ぶのならヤス殿は受けられると思います。それで持っていく塩は?」 「すでに準備出来ている。馬車で2台分だが大丈夫なのか?」 「問題ないです(多分。後ろの大きな箱の中に入れるのだろうけど、十分入るよね?)」 「それは良かったすぐに準備をして正門に運ばせよう」  領主がコンラートに話しかける。  コンラートがすぐに呼び鈴を使ってギルドの職員を1人呼び出した。二言、三言、耳打ちをした。職員は全員に一礼してから部屋を出ていった。  1-2分で職員は執事風の人物を連れて戻ってきた。  領主が執事風の男性に状況を説明して、支援予定になっていた物資を持って正面に向かうように指示を出した。 「あ!」 「ドーリス殿。何かありますか?」 「いえ、アーティファクトに載せるときに、ヤス殿の指示に従ってもらうのと、人手が必要になると思います」 「人手は、冒険者ギルドか商業ギルドで準備しよう。何人ほど用意すればいい?」  コンラートは、ドーリスを見るが、ドーリスも実際に人手が必要なのかもわかっていない。 「多くても邪魔になってしまうでしょうから、数名でお願いします。足りなければ、近くに居る守備隊の人に手伝いをお願いします。よろしいですか?」  ドーリスは最終確認の意味で領主に質問した。  領主は頷いたが、少しだけ考えてから口を開く。 「守備隊で問題はないが・・・」 「あっ!第二分隊?」 「どうした。ドーリス?」 「あっ・・・」  ドーリスは、領主を見る。  現状第二分隊は解散こそされていないが隊長は謹慎処分になっている。したがって、領主が指揮をしていることになっているのだ。 「わかっている。儂が指揮をしている・・・。ことになっているのだが・・・」 「そうですか、私がアーティファクトから降りて、ギルドに来るときに、門でアーティファクトを睨みつけている第二分隊を視ました」 「そうか、確かなのか?」 「確実にとは言いませんが、この領都であんなに派手な格好をしているのは、第二分隊の人間(クズ)だけだと思います。戦いにくそうな格好なので間違いないと思います」 「・・・」 「・・・・。っ」  コンラートは黙って領主の顔を見る。  領主は苦虫を一気に1万匹噛み潰したような表情をしている。苦々しく思っているのだろう。 「おい!」 「はっ!」  まだ側に控えていた執事に向かって領主が指示を出す。  領主自ら向かうと言ったが、流石にコンラートと執事に止められた。その代わり、塩を積んだ馬車を移動するという名目で守備隊の精鋭を向かわせることにした。第一部隊の隊長はコンラートが知っていた堅物だが信頼できる人間だと太鼓判を押した。  執事は領主がしたためた指示書を持って館に戻るようだ。  ドーリスは、ギルドで手続きをして待つことになった。 「ドーリス。本当に良いのだな?ドーリスなら王都のギルドのサブマスに推薦できるぞ?他の街ならギルドマスターに推薦できる」 「いえ、廃れた手垢がついて既得権益でがんじがらめになっているギルドに行くよりも、新しく勃興する街でギルドマスターを行うほうが有意義で面白みがあります。上司は存在していませんし、意見を話し合える同僚が1人と、丸投げしてくる領主?国王が居るだけです。こんなに素敵な職場は他にはありません。コンラート様のお言葉は嬉しいのですが謹んでご辞退いたします」 「ドーリス。慇懃無礼という言葉を知っているか?」 「いえ初めて聞きます、慇懃尾籠(いんぎんびろう)なら聞いたことがありますが、私の態度ではないとおもます」 「おま・・・。まぁいい。わかっているようだから・・・。」  コンラートはドーリスを見つめる。力強く見つめ返す瞳に文句が言えなくなってしまった。  力なくため息を付いてから・・・。 「ダーホスの推薦を受諾する」  ドーリスはコンラートの宣言を聞いて頭を下げる。 「ありがとうございます。王都のギルドで手続きをいたしましたら、帰りにまた寄らせていただきます」 「わかった。待っている。どうせ、近くだ。たまには顔を出せよ」 「わかっています。私は、レッチュガウの領都レッチュヴェルトにある冒険者ギルドで育ててもらいました。恩はお返しいたします。仇も数倍にして返します」 「それがなければ嫁・・・」「コンラート()()なにか言いましたか?」 「いや何でもない」 「そうですか、わかりました。それでは、冒険者ギルド以外のギルドにも顔を出してきます。遅れないようにはいたしますが・・・」 「わかった。わかった。待っていてもらうよ」 「いえ、先に・・・。あっダメですね。私が一緒じゃないと多分・・・。すみませんが、待っていてもらってください」 「わかった」 「それでは、お世話になりました」  ドーリスは立ち上がって頭を下げる。  いろいろな思いは有るのだが、今生の別れではない別れなら簡単にするほうが良いだろうと考えた。  ドアから出ていくドーリスを見送ったコンラートはしまってあった書類を机から取り出して火の魔法を使って燃やした。使わないだろうとは思っていた書類だ。ドーリスを王都冒険者ギルドのサブマスに推薦する推薦状を順次してあったのだ。  燃えていく書類を見ながら、会話をした子供っぽい顔立ちをして、変わったアーティファクトを操る青年を思い出していた。 「淀んでいた空気が彼の出現で動き出したのか?」  誰に聞かせるわけでもなく閉じられた扉にぶつかった。
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