第七章 王都ヴァイゼ

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「ドーリス。こっちでいいのか?」 「はい。間違いないです」 「わかった。速度を落とすから、曲がるのなら教えてくれ」 「はい」  ヤスは、山道を走っている。  山道と言ってもほぼ一本道だ。山道に進路を変更するときに、ドーリスの指示が遅れてUターンして戻った経緯があるので、ヤスはそれから速度を緩めるようにした。 「今更だけど、今から向かう村の名前を教えてくれ」 「そうでした。説明していませんでした。村の名前は、『エルスドルフ』という名前です」 「なぜその村に塩を届ける?」 「何も無い村で、交易品が無いので塩の購入が難しいので、領主が定期的に送っているのです」 「聞き方が悪かったな。なぜ塩を”無償”で送るのだ?」 「あっそういう意味ですか・・・。領主の奥さんのお母さんがエルスドルフの出身なのです。サンドラと長男のハインツ様から見たら祖母にあたる人です」 「へぇ村の出なのだな。貴族じゃなかったのか?」 「いえ・・・。そういう意味では、準男爵ですが貴族です」 「ん?祖父が準男爵なのか?」 「いえ、祖母が女性ながらに準男爵なのです」 「へぇ・・・」  ヤスは難しい話になりそうだったので、興味がなくなってしまった。  道幅が狭くなってきたので、運転に集中し始めた。  ヤスが運転に集中し始めると車速が上がり始める。ドーリスも車速があがったのを感知してだまり始めてしまった。  FITと同じく結界を張っているので、崖から落ちたりしない限りは大丈夫なのだが、それでも砂利道で滑る音や石を弾く音、木を折る音は聞き慣れないと恐怖を覚えるのに十分な音だ。 『マスター。前方500メートルに種族名ゴブリンと思われる小集団。こちらに向かってきます』  エミリアからの報告を聞いて、ヤスは速度を緩めた。ドーリスが不思議そうにヤスの顔を見る。  徐行といえる速度まで減速した。 「数は?」 「え?」 「あぁドーリス。すまん。前方にゴブリンらしき小集団が居る。数の確認をしようとした所だ」 「え?」 「アーティファクトの能力だと思ってくれ」 「・・・。はぁわかりました」 「それで、ドーリス。ゴブリンは殺していいよな?」 「大丈夫です。というよりも、可能でしたら討伐してください」 「わかった。エミリア。街道に出てきたら教えてくれ」 『了。数は、7体です。上位種らしき反応があります。街道をまっすぐに向かってきます』 「ドーリス。ゴブリンが7体。上位種が居るかもしれない。討伐するぞ!」 「はい」  ヤスはアクセルを一気に踏み込む。  砂利道でミューが低くホイルスピンをするが、構わずアクセルを踏む。  坂道だが徐々に加速する。 『接触します』 「行くぞ!」 「はい!」  ドーリスはシートベルトを”ぎゅ”と握っているが前をしっかりと見据えている。今から発生する状況を目に焼き付けるためだ。  視認できたゴブリンに向けてハンドルを切る。  塩を積んでいるので無茶な運転は出来ない。 『エミリア。打ち損じたゴブリンを魔法で攻撃できるか?』 『可能です』 『跳ね飛ばしても意識があるゴブリンを含めて雷魔法で攻撃』 『了』  ヤスはゴブリンの集団を正面に捉えて跳ね飛ばす。  上位種と思われる体躯が二回りほど大きなゴブリンがセミトレーラの前に立ちはだかるが、速度と質量で跳ね飛ばした。 「・・・」 「終わったか?」 『討伐が完了しました』  ドーリスは口を開けて唖然としていた。 「ヤス殿?」 「討伐は終わったぞ?あっ!すまん。魔石の回収は無理だ」 「いえ、それはしょうがないです・・・」 「なにかおかしいか?」 「おかしくない所を探すのが無理です」  ヤスはドーリスの言い方が面白かったのか笑い始めた。 「そうか!でも、降りて戦うよりは安全だぞ?」 「わかりました。ホブゴブリンの亜種が居たようでしたね」 「そうなのか?」 「はい。でも、討伐されたので、村に報告はしておきます。個体数は?」 「そうか、村に出てきたら問題だよな。個体数は、ちょっとまってくれ」 「そうです。ホブゴブリンの亜種が村に入ると全滅もありえます」 『マスター。討伐数は、8体です』 「ドーリス。全部で8体の討伐で、小集団は全滅した」 「わかりました。あっ!その先は山道と左に入る道があって、左です」 「わかった」  ドーリスの指示は直前に告げられたのだが、カーブに差し掛かっていて速度を緩めた状態だったのでギリギリ減速が間に合って曲がれた。 「あれがそうか?」 「はい。エルスドルフです」 「どこに止めればいい?」 「そうですね。あまり近づいても不審に思われますので、この辺りで・・・。あっあの辺りで停めてください。村長に話をしてきます」 「わかった」  ドーリスが示した場所は、村から300mほど離れた開けられた空き地だ。ヤスがセミトレーラを滑り込ませ、停車させた。ドーリスを降ろすと、ヤスは運転席に戻って、エミリアに周辺の索敵を開始させた。 「エミリア。今度、遠出するときには、眷属の誰かを連れてくるか?」 『マスター。意味がわかりません』 「セバスが連れてきた魔の森に生息していた魔物を連れてくれば、停車中の警戒とかで役立つだろう?領都で行われたような蛮行は別にして、さっきみたいなときにも魔石を回収したりできるだろう?」 『可能です。神殿で調整します』 「わかった。頼む。無理なら無理でいいからな」 『了』  ヤスが他愛もない考えをエミリアに伝えている頃。ドーリスはエルスドルフの門で事情を説明していた。  領主から貰ってきた書状が役立っていた。すぐに村長に会えて、アーティファクトの説明と塩を持ってきたと説明した。道中にゴブリンが出現して討伐したが、魔石が残されている可能性があると説明すると、村長は休んでいた門番の二人に回収を命じた。現金収入に乏しい寒村では魔石を得るチャンスは逃したくないのだ。  話を終えたドーリスがヤスの所に戻ってきた。 「それで?」 「問題ないです。塩を降ろしたいのですが・・・」 「わかった。村の前まで移動した方がいいか?」 「そうですね。そうしてください」 「わかった。ドーリスは、道を開けるように言ってくれ」 「はい」  ドーリスがアーティファクトを見に来た村人に声をかけて道を開けるように指示する。  ヤスは、狭い場所だったので何度も切り返しを行って、後ろから村に向かった。その方が塩を降ろしやすいだろうとおもったのだ。結界は解除した。  村の門の手前にセミトレーラを停めて、後ろのコンテナを開ける。  ドーリスもわかっていたのだろう、村長にお願いして塩を運び出し始めた。荷降ろしに時間が必要になりそうだったので、ヤスは村の中を散策して待つことにした。村人もドーリスもアーティファクトを操作してきて疲れているのだろうから休んでくれと言われたのが一番の理由だ。 (おぉぉぉぉぉぉ!!!!!あれは!!!!) 『マスター。心拍数が異常です』 『エミリア!あれは大豆だ!それに、米がある!唐辛子もある!この村は宝の山だぞ!なんで、現金がないとか言っている!』  ヤスは畑の近くで休んでいる老人に話しかける。 「ご老人。お忙しい時間にもうしわけない。その植物は?」 「お貴族様?これは、”うるち”ですが、お貴族様が食べるような物ではありません。不作になりにくいので、予備で作っているだけの作物です。普段は、家畜の餌や魔物対策で作っています」 「え?食べない?あなた達も?」 「馬鹿なことを言わないで欲しい、こんなまずい物は飢饉が発生した時にだけ・・・」 「え?そうなのですか?作るのが大変とか?」 「ハハハ。変わったお貴族様だ。そんなに珍しいのか?この辺りなら適当に撒いておくだけで勝手に育つ」 「領都では見かけませんでしたが?」 「だから、家畜の餌だと言っている。それに、魔物が好んで食べるから領都では禁止されている」 「え?危なくないのですか?」 「危ないぞ?でも、収穫した物を森にまとめて放置しておけばそれを食べて満足して帰るからな。この村では昔から一定数を育てている」 「一年に一回の収穫ではそれほど数が揃わないのでは?」 「本当に、おかしなお貴族様だな。そっちの豆と同じで年に4回ほど収穫できる」 「豆も・・・。ですか?その”うるち”と豆を買えますか?」 「ほしいのか?」 「はい。ものすごく!」 「村長と相談だな。魔物対策だからむやみに売れない」 「わかりました。それなら・・・」  ヤスは、ポケットから出すフリをして金貨を1枚取り出した。 「それなら、これで買えるだけ買わせてください。今から王都に行くので、帰りにまたよります」  ヤスが老人に詰め寄っているように見えたのだろう、後ろからドーリスと村長が慌てて駆け寄ってきた。事情を説明したヤスだが、村長とドーリスに呆れられてしまった。 「神殿の主様」 「ヤスでいい?それで、村長。売ってもらえないのか?」 「売るのに問題はありません。是非とお願いしたい所です」 「なら!」  ヤスが珍しくのめり込む状態になっている。 「ヤス殿。村長が言っているのは、”金貨”では村中の食物を買ってもお釣りが来ることが問題なのです」 「え?そうなの?」  ヤスは唖然とした。確かに貨幣価値から考えたら100万だが貴重な物を購入するのだからそのくらいはするだろうと安易に考えた。  しかし、老人も村長もドーリスも皆が頷いているのを見て自分が間違っていたと悟った。
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