第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

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幕間 クラウス辺境伯。神殿に行く  儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。  貴族位としては、伯爵だが通常の伯爵より上の辺境伯だ。儂の上は、侯爵家と公爵家があるだけだ。  儂は、娘のサンドラが世話になっている神殿の都(テンプルシュテット)に向かっている。  関所の村アシュリでは、簡単な食事だけをして、神殿を目指す。関所の村アシュリの代表は、ルーサという男だ。ディトリッヒ殿の知り合いと言っていたが、どっかで見たことがある気がする。思い出せない。王都で行われた、陛下の即位式で見た気がしたのだが・・・。  代表も気になるが、それ以上に、いつの間にあれほどの壁を作ったのだ?  報告は聞いていたが、神殿の森に作られた石壁にも驚いた。報告通り、水が湧き出ている。それだけではなく、街道もかなり整備されていた。  ユーラットも多少は変わっていたが、外から見ただけだが、儂が知っているユーラットで安心出来た。  ただ、神殿の主が使っているアーティファクトに慣れているのか、セバス殿が動かしているアーティファクトが近づいても誰も慌てなかった。  セバス殿は、山道を危なげなく上がっていく。  馬車で通ろうと思ったら、御者の腕が必要になり、熟練していない者では、とても難しく、途中で動けなくなってしまいそうだ。だからなのか坂道はすごく考えて作られている。まっすぐに神殿を目指していない。 「お父様。神殿の守り(テンプルフート)で、認証を受けていただきます」 「サンドラ様。旦那様から、レッチュ伯爵様にお渡しする認証カードが発行されています」 「そうなのですか?」  娘がセバス殿となにやら儂が知らない言葉で会話をしている。 「はい。旦那様から、ゲストカードをお渡しするように言われています。ゲストカードは、身元が確かな人にお渡しする、一時滞在用のカードです。承認されています施設は、ギルドとサンドラ様の家だけです。視察が必要な場合には、私かギルドで申請していただければ、即座に審査出来ると言われております」 「そうなのですか、それは良かった。学校と迷宮区と教習場とドワーフの工房には、視察に行きたいと思っております。あと、時間が出来ましたら、ヤスさんに面会をお願いいたします」 「かしこまりました。それらの施設でしたら問題はありません。承認されます」  娘がすっかり神殿の人間になってしまっている。  喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないが、今は頼もしく思う。  だが、娘の言葉に聞き慣れない言葉があった。 「サンドラ。学校と工房は解るが、迷宮区と教習場とはなんだ?」 「うーん。迷宮区は、神殿の地下に作られている冒険者が入る場所で、魔物が出ます」 「なに!ヤス殿は、神殿を開放しているのか?攻略されてしまわないのか?」 「はい。私も驚きましたが、まだ最奥部にたどり着けた者はいません」 「そうなのか・・・。それは、ギルドで公表されているのか?」 「されています。ヤスさんは、何階層で作られているのか教えてはくれませんし、迷宮の内部の情報は秘匿されていますが、攻略を目的とした冒険者が何人も潜っています」 「そ、そうだろうな。攻略できたら、ヤス殿に成り代わって、神殿の主になれるのだからな」 「はい。ですが、未だに3階層のボスが倒せていません」 「そんなに強いのか?」 「あっそうではなくて、ボスが居る部屋が見つからないのです」 「・・・」 「サンドラ様。レッチュ伯爵様。迷宮区の入り口までの許可になってしまいます。階層に踏み入れるのですか?」 「いや、いや、セバス殿。神殿の地下なら儂が行っても何も出来ない」 「お父様。地下の入り口だけでも視察しましょう」 「そうだな。そうさせてもらおう」  娘に何か言いくるめられた気持ちになるが、任せたほうがいいだろう。  そんな話をしていると、アーティファクトは大きな門の前で止まった。ここが目的地のようだ。  先に、セバス殿がメイドから何かを受け取っている。それを、娘が受け取った。ディトリッヒ殿と娘は、カード状の物を取り出した。  それにしても、本当にここが神殿なのか?  確かに、門は立派だが、開かれている門から見える風景はただの広く開けた場所にしか見えない。 「お父様。これをお持ちください。それから、絶対に無くさないでください。どこにも行けなくなります」 「わかった。わかった。ギルド証だと思えばいいのだろう?」 「そうですね。そう思っていただければ、少しはましだと思います」  儂の言葉を聞いた娘が何やら不穏な言葉を口にする。ディトリッヒ殿は儂を見ようとしない。 「サンドラ。本当に、ここが神殿なのか?門は立派だが、開けていては、役目をはたさない。門の意味がないのでは、ないか?壁も簡単に乗り越えられそうだぞ?魔物対策は大丈夫なのか?」 「・・・」「・・・」 「セバス殿」 「はい。サンドラ様」 「父が疑問に思っているようなので、先に進んでいいですか?」 「はい。大丈夫です。私は、子供たちの申請を指示したら、旦那様にご報告にあがります」 「わかりました。お願いします。できれば、工房の執務室ではなく、ギルドの会議室の方が嬉しいのですが?」 「わかりました。旦那様には、会議室での面談をお願いします」 「ありがとうございます」  娘が、儂の疑問を無視して、セバス殿と何やら決めていた。  確かに無理やり着いてきたが、簡単に説明くらいはしてもいいと思うが・・・。 「お父様。カードはお持ちですよね?」 「あぁ持っている」 「それでは、行きます。着いてきてください」  娘が先を歩くので、ついていく。ディトリッヒ殿は後ろから着いてきた。  門まであと5メートルくらいの場所に来た時に、景色が一変した。 「は?なんだ?なぜ?」 「お父様。これが、神殿の守り(テンプルフート)です。先程、見えていたのは、神殿を覆う結界が見せていた幻影です。ちなみに、エルフ族や魔法が得意な者が幻影を打ち破ろうとしましたが出来ませんでした」 「は?なぜ?そんな無駄な事を!この門や壁を見せれば十分だろう!?」 「お父様。それこそ、ヤスさんが考えたので、無意味です」 「そっそうか・・・。そうだな。考えても仕方がないな」 「はい。先に進みます。私たちは住民の門から入ります。一番左の小さい門です。お父様も同じでいいそうです」 「わかった。他の門は?」 「大きいのは、馬車やアーティファクト用です。出口と入口で分けてあります」 「そうか・・・。考えているのだな。確かに、入口と出口を分けるのは合理的だな」 「はい。しかし、この神殿以外では難しいと思います」 「・・・。そうだな。そのための、結界で幻影なのだな」  少し考えてみたが、メリットはあるがデメリットもある。  特に、他国や他領から攻められた時に、門を守る兵力が倍とは言わないが、1.5倍は必要になってしまう。神殿の様に結界が張れるのなら意味があるとは思うが・・・。 「そう思っていますが、ヤスさんからの説明はありません」  門の入り方は、娘と同じ様にすれば大丈夫と言われた。  渡されたカードをかざせば、問題がなければ、門が開く。問題があれば、音が鳴る仕組みになっていると説明された。  渡されたカードを、指示された場所にかざすと、緑色のランプが光った。  認証は別々に行われるそうだ。門が空いている間に、二人や三人くらいなら通れそうだが、実際にやってみて成功した者が居ない。神殿の主は、よほど自身があるのだろう。一人のカードで複数の人間が神殿に入ることが出来たら報酬を出すと言っているそうだ。報酬の話は、領内でも話題になっていた。耳の早いものが試してみると言っていた。 「サンドラ?」 「はい?」 「これはどういう事だ?」  儂が一人だけ神殿の敷地内に入れたのだ。 「はい。私とディトリッヒさんは認証を行っていません。だから、カードを持っていても入れないのです」 「そうか、この門はヤス殿が入られたら報奨を出すと言っている門なのだな」 「そうです。そして、一度の突破されたことがありません」  そんな話をしていると、娘とディトリッヒ殿が認証を通して、入ってきた。 「なぜ、そんな報奨を?ヤス殿は何か言っているのか?」 「はい。門の報奨に関しては説明してくれました。『報奨目当てで、門のセキュリティを突破出来たら、その人物は優秀で、雇う価値がある人間だ。それに、突破した方法が偶然でなければ、方法を知れば対策が立てられる。怖いのは、突破されて、それを俺や神殿側の人間が知らない事だ。だから、報奨を出してでも、侵入方法を知る必要がある』だそうです」  娘の暗記力にも驚いたが、神殿の主の考えは参考になる。  確かに知っていれば対処が可能だし、対処しなくても侵入ルートの特定は出来る。  サンドラの提案を受けておいて正解だったのかもしれないな。 ---  次回:幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察
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