第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

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幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察1  儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。  貴族位としては、伯爵だが通常の伯爵より上の辺境伯だ。儂の上は、侯爵家と公爵家があるだけだ。  儂は、娘のサンドラが世話になっている神殿の都(テンプルシュテット)の敷地内に足を踏み入れた。軽い気持ちで着いてきたが、後悔し始めている。  神殿の都(テンプルシュテット)は娘たちが名前を付けたと言っているが、信じていない。名前は、主が付けるのが当然で、主の権利なのだ。娘たちも気にして、仮称だとは言っていたが、実際に神殿の主であるヤス殿が認めたので、公式な文章にも使われるようになっている。  そんな名前なんて、些細だと笑い飛ばせるような光景が目の前に広がっている。  門からまっすぐに伸びている綺麗な道。石なのか固く綺麗になっている。道は、それだけではなく、城壁に沿って道が出来ている。綺麗に計画されて作ったのだろう。家が綺麗に立ち並んでいる。 「サンドラ・・・。儂は、騙されているのか?」 「どうしたのですか?」 「信じられないくらいに発展した街に来ている。ここが攻略されたばかりの神殿なのか?儂は、どこかの街に転移したと考える方が納得できる」 「・・・。いえ、残念ながら、お父様が、見ている光景は、間違いなく、攻略されたばかりの神殿の領域です」 「そ、そうか・・・。ダメか・・・。あっでも、中に入る為には、審査があって、審査に合格しないと、領域には入られない。この風景もわからない」 「はい。そうです、関所の村アシュリやユーラットまでなら馬車を使って来てもいいが、ユーラットから神殿に向かうためには、神殿が用意したアーティファクトでしか移動できません。その上に審査です。聞いた話では、領都にある大手の商隊は審査が通らなくて、小さな商店の店主の審査が通ったと言われています。それから、商隊は、ユーラットのギルドに依頼を出して、カスパル殿がユーラットまで依頼された品物を運んでいます。関所の村が出来たので、物資の調達や依頼をギルドに出して、関所の村アシュリまで運んでもらって、商隊はアシュリのギルドで受け取る形に落ち着くと思います」  娘が一気に説明してくれたが、納得できる内容だ。  確かに、商隊が来て商人だけが神殿の審査に落ちたとなると問題になる。商人は、神殿産の素材が欲しい。あと、できればアーティファクトの取引がしたいと考えているのだろう。アーティファクトは拒否される覚悟だろう。素材は、ギルドを通せば入手出来るとわかれば、神殿まで来なくてもいい。その上、ユーラットまでだったのが、アシュリで受け取れるとわかれば、商隊としてもメリットになる。 「お父様?」 「あっすまん。辺境伯として、神殿との付き合い方を考えていた」  本当は、全く違うが少しくらい、娘に『格好いいと思わせたい』と思ってもいいだろう。 「そうですか、あ!バスが来ました。行き先は・・・。丁度良かった。神殿に向かうようです」 「”ばす”?」「はい。すぐにわかります」  娘が見ている方向を見ると、大きめのアーティファクトが移動してきた。”ばす”と呼ばれたアーティファクトが手をあげた娘の前で停まる。  儂の頭には”?”が大量に出ている。 「お父様。乗りますよ」 「おっおぉ」  娘に言われて、アーティファクトに乗り込む。椅子のような物が何個も置かれていて、住民だろうか?座っている。 「サンドラ殿。辺境伯様。私は、ヤス殿に報告をするために、連絡を取ります」  ディトリッヒ殿は、ここで別れて行動するようだ。  連絡すると言っているが?どうやって連絡をするのだ? 「わかりました。私たちも、お父様の様子を見ながら連絡します」  娘も・・・。何か、神殿の住民にしかわからない方法があるのだろうか? 「ヤス殿には伝えておく」  ディトリッヒ殿が、儂の顔を見て娘を見た。娘の表情は見えないが、なんとなく解る。これは諦めている時の雰囲気だ。それも、いい意味のほうだ。  ”ばす”と言われたアーティファクトの入口が閉じた。  そして動き出した。 「サンドラ?」 「バスは、神殿の中を回っています。停留所と呼ばれる場所で、待っていると停まって乗せてくれます。そして、停留所に停まった時に降りるのです」 「対価は?」 「カードを持っていれば無料です」 「え?は?タダ?」 「はい。カードを持っていないと、神殿には入られないので、実質的にはタダです。あっユーラットと神殿の間もこのバスが走ります。そのときに、カードを持っているか、ユーラットで申請を行えば無料です。ヤスさんですから、今後はアシュリまで無料で送迎するでしょう」 「ヤス殿にメリットは?」 「それは、アーティファクトの練習です」 「言っている意味がわからない。サンドラ?練習?アーティファクトの?」 「えぇ今は、それで納得してください。後で、関連する施設に行くので、その時に詳しく説明します」 「わかった」  娘は隠しているわけではなさそうだ。単純に説明が面倒だと考えているようだ。  それにしても、この神殿は本当に規格外だ。王国にある神殿にも行ったことはあるが、ここまでの規模ではなかった。小国家群の神殿も見て回ったが、これほど発展している場所はなかった。儂の領地にある街を少しばかり大きくした程度の場所が殆どだ。 「お父様。次に停まったら、降りるので準備してください」 「わかった」  しかし、このバスという仕組みは便利だ。  アーティファクトではないが、馬車で出来ないだろうか?領に帰ったら、考えて見る価値はありそうだな。  娘に言われて降りた場所は、門からまっすぐに伸びた道の終着点を西側に移動した場所だ。正面には、入ってきた門と同じ様に大きな門が見える場所だ。 「お父様。この四角場所にカードをかざしてください」  娘に言われてカードをかざすと、門の時と同じで緑色に光って、扉に見えなかったが、扉が開いて、階段が現れた。娘も、同じ様にカードをかざす。これで、二人が中に入られるようになったようだ。神殿では、このカードがすべてなのだな。 「サンドラ。例えば、お前のカードを儂が使えないのか?」 「使えますが、おすすめしません」 「どういうことだ?」 「ヤスさんから最初に説明されましたが、カードには魔力が登録されていて、登録と違う魔力を認識すると、使えるのですが、扉を入ったり、門をくぐったりしたときに、迷宮区にある地下牢に強制転移させられるようです」 「・・・・」  唖然としてしまった。転移?神殿だから出来るのか?聞かなければよかったと本気で思う。 「お父様。先に行きますよ?」 「おっわかった」  階段を降りていくが、なんとなく想像が出来た。  ドワーフたちの工房だな。彼らは、地下とか洞窟とかを好む。この場所は、ドワーフの為に作ったのだろう。  かなりの距離を歩いた。屋敷の3-4階くらい地下に入ったと思う。小部屋が沢山並んでいる。槌の音が聞こえる。間違いなく、ドワーフの工房だろう。娘は、何を見せたいのだろう?  どんどん。奥に歩いていく、工房で作られているのは、日用品から武器や防具まで様々だ。目利きではないが良い品を見てきたので解る。ここで作られている武器や防具は、近衛が持っていても不思議ではない物だ。冒険者で言えば、一流が持つべき物だろう。軽々しく仕入れたいと言わないほうがいいだろう。日用品も同じだ。高額な感じがする。  一番奥まで歩いて、娘が扉をノックする。 「あっお父様。工房の仕入れですが・・・」「解っている。ここで作られている物を仕入れようとは思わない。神殿で使う物なのだろう?」 「え・・・。あっ・・・。そうでした。忘れていました。お父様。ここで作られている物は、神殿としては、二級品です。外に売りに出す物ですので、必要な物があれば言ってください。順番にはなりますが仕入れます」  儂は、何度目かの衝撃を受けていた。  しかし、こんな衝撃はまだ序の口だったのだ。軽い気持ちではないが、神殿に帰る娘に着いてこなければ良かったと心の底から思った。
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