兄さんは女装をやめられない

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扉の奥は、ものすごく広い部屋だった。 そこには、色んな機械が置いてあり、コンピューターの端末のようなのや、何かの実験器具みたいなのがあった。 中にはベッド、というよりどことなく手術台に見えそうなのも。 「ここがこの研究所の主な設備だ。おっと、自己紹介がまだだったな。わしはここでの研究の主任の博士だ。そして君達はその先生の生徒と家族だったな」 「はい、こちらが私の学校の女子生徒で、こっちが、女装してますけど、その兄です」 「輝子です、よろしく」 「兄です、よろしく」 「それで先生はうちの学校の保健室の先生ですけど、ここによく来られるんですか」 「いや実はな、この人はここの研究員の1人なんだ。君の学校の保健室と兼務しておられるんだ」 「へーそうだったんですか」 「ただしこのことは他の者達には内緒だぞ」 「はい、わかりました」 「それで、今度の実験のサンプルとして君達が選ばれたわけで、すぐ近くにいるこの者に呼んでこさせるように頼んだのだ。君、もう戻ってもいいぞ」 「え、もう行っちゃうんですか」 「あの、できれば」 「そうだな、今後も君にも手伝ってもらうことにしよう」 「あ、はい」 「わあい」 「じゃあ早速。お兄さんはこちらへ」 先生は兄をどこかへ連れて行こうとした。 「今からぼくの女装を直すんですか」 急に博士は驚いて叫んだ。 「今何て言った」 先生が説明した。 「あの、この子、今度の実験のこと知ってるんです」 「何だそうか。それなら、こいつにも実験について説明をしてあげたほうがいいな」 博士が言うと、先生は兄と一緒に戻った。 「それで、実験というのは、つまり、女装を直すって聞きましたけど」 輝子が質問した。 「それを今から説明しよう。こっちだ」 博士は話しながら歩き始めた。他の3人が付いていく。博士が立ち止まったところで、そこに置いてあるものを取った。 「これだ。これが今回の実験の要だ」 それは、長さ3cmほどの透明のカプセルである。 「この中にある」 輝子と兄がそれを見る。しかし・・・。 「何にもないわね」 「空っぽじゃないか」 「これで見てみなさい」 博士は、どこからか虫眼鏡を取り出した。2人はそこからカプセルをのぞき込む。 「どれどれ、あっ、何これ」 「あ、何か見える。何だこれ、人形?」 見た感じ、宇宙服のような、ロボットのような形をしていた。 「すごくちっこいな。それでこれを使ってどうするんだ」 兄の発言に対し、博士が答えた。 「実はな、君に怪物が取り付いているんだ」 「え?」 「うん、ものすごく小さい虫のようなものだ。これを見たまえ」 博士は、近くの机の上にある紙の1つを取り上げ、2人に見せた。 それは、何かの生物の写真である。 「え、何これ、昆虫みたい」 「これがその怪物なんですか」 博士は説明する。 「そうだ。体内をX線撮影して拡大したものだ。実物は目に見えないほど小さくて、人の体の中に住み着いている。実はな、数年前から女装している人の体を調査する研究をしていて、その結果、そういう人達に決まってこの怪物が潜んでいるということが世界中で報告されている」 「え、本当ですか、そういう話初めて聞きましたよ」 「だから君の体の中にもこの怪物がいるかもしれない」 「にわかに信じがたいなあ。女装者みんなそうなんですか」 「いやそうとも限らない。むしろ好きでやっている人ほどその傾向が強いそうだがな。君はどうだね、生まれたときからそうしてるわけか」 「いや、女装を始めたのは、ええと忘れたけど、何年か前からです。なぜだかわからないですけど、女の人の服が着たくてたまらなくなってきて」 「わたしだってお兄ちゃんが突然こんなことを始めてびっくりしたんです」 「そうか。詳しくは検査してからでないと判断できないが、怪物が取り付いている可能性は大だな」 「それで、どうやってそいつを取り除くんですか」 「そのためにこれがあるんだよ」 博士はさっき見せたカプセルを再び持ち出した。 「ああそれですね。そのロボットがぼくの体内に入っていってやっつけてくれるんですね。何かそれどっかのSFで見たことありますけど、それが現実になったというか」 「いやこれはロボットではない」 「え、それじゃあ何ですか」 「人がこれを身にまとうんだ」 「え?」 「つまり、人の体を小さくして、この中に入ってもらうんだ」 「ああそうか、いわゆるボディスーツってやつですか。いやだけど、人をミクロ化するって、そんなことができるんですか」 「今はここまで科学が進歩してるんだよ」 「へえ、知らなかった。だけどどういう原理で小さくするんですか。それと、そういうのを着なくても生身のままでいけるんでないですか」 「とある国で宇宙開発が進められていて、光速を突破するためのワープとかワームホールとかを実現させる研究を進めていて、その過程で人体の縮小が可能になったというわけだ。つまり、空間のゆがみによって物体が縮小されるということだ」 「非現実的な気もしますけど」 「それから、これを装着する必要性についてだが」 「わかった、体が汚れたり胃液で溶けたりしないようにするためでしょう」 輝子も話に割って入る。博士は続けた。 「いやもっと大事なことがあるんだ」 「体温を維持させるとか」 「おお、わかっとるではないか」 「つまり、体積が大きくなるとそれに対する表面積の割合が小さくなる。表面積に比例して体温が抜けていくわけだから、逆に小さい生物は体温の維持が困難で限界がある」 「そういえばどこかのクイズ番組で見たことあるわ。寒い地域に行くほど動物の体が大きくなっているって」 「そういうことだ。そのためにこれがいるというわけだ」 「それで、誰がそれを着て怪物をやっつけにいくんですか」 「君だよ、妹さん」 「え?」 輝子は、博士の発言に、一瞬、戸惑いを感じた。 「だから、君がこのボディスーツのようなのを身にまとって、お兄さんの体の中にいる怪物をやっつけにいくんだよ」 「私がですか。私がやるんですか。私が小さくなって、お兄ちゃんの中に入っていくんですか。怖い。何でですか。他に専門の人はいないんですか」 「このシステムは、何重にも安全対策が施されていて、事故が起こることはほとんど有り得なくなっている。これまで何人かに試していて、事故は全く起きていない。今回は最終試験ということで、専門外の人間にやってもらう必要があるというわけだ」 「だけど何で私なんですか」 「かつてソビエトが崩壊したとき、大勢の科学者が流出して、色んな国に出回っていって、そのとある1つの国で今回と同じ実験がその者達によって行なわれたんだ。その国にいた人々は平均身長がとても低かったんだ。今ここにあるシステムはそのときと同じのをコピーして作られたものだ。だから、体のサイズがぴったり合う人間を探す必要があったということだ。この国では君のような女子学生ぐらいの体型がちょうどいいんだ」 「私以外にいなかったんですか」 「我々としては、この実験にふさわしい人物をあちこち探し回っていたわけだ。そして、女装しているその兄さんと、普通の女子学生の妹である君を見つけられたんだ。身長等は、その保健室の先生に身体検査のデータを送ってもらって、それを元に調べた結果、体格も一致したというわけだ」 「私の体重とかも勝手に使ったりしたの?ひどーい」 「あまり気になさらないで」 「どうだね、やってみるかね。お兄さんの女装趣味を治すいい機会だよ」 「うーん」 輝子は黙って考え続けた。しばらくして答えた。 「わかった、やってみます」 「お兄さんはどうだね」 「はい、構いません」 「それじゃあすぐ始めよう」 「じゃあ改めて、お兄さんはこちらへ」 先生は兄にこちらに来るようにうながした。そして手術台のようなベッドに寝かせた。 「それでは調べますよ」 兄は聞き返した 「え、何を」 「あなたの体の中に怪物がいるかどうか」 「ああそうか」 その様子を見ながら、輝子は質問した。 「あの、もし怪物がいなかったら」 博士は答えた。 「むろん、実験は中止だ」 輝子は、調査の結果がどちらになれば得だろうかと迷い、戸惑った。
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