兄さんは女装をやめられない

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「それじゃあ始めますよ、お兄さん」 先生は、ベッドのようなものの上に仰向けに寝ている兄に向かって言った。 そのあと、ベッドを横に囲むほどの大きさの輪っかのようなものが、兄の足のある方向から進んできた。 いわゆるCTスキャンというやつか、と兄は思った。 その輪っかは、そのまま進んでいって、頭のあたりを少し過ぎたところで停止した。 「どうです、博士」 博士は、パソコンのようなのを操作しながら、モニターに映る多くの画像を見続けていた。 「おお、これだ」 その中の1つの画像をみんなに示した。それを輝子も見た。 「お兄さんはこっちのを見てみなさい」 ベッドの上のほうにもモニターがある。言われて兄は見た。同じ画像が映し出されている。 その画像には、さっき見たのと同じような怪物の姿があった。 「え、これがぼくの体の中で、この怪物が潜んでいるんですか」 輝子も、パソコンのモニターを見ながらつぶやいた。 「これがお兄ちゃんの体の中でいたずらして変な癖を付けさせたんですね」 博士が言う。 「まあそういうことだ。ちょうど肺のあたりだな。さあ次は君の番だ」 先生は今度は輝子に向かって、こちらに来るようにうながした。輝子は付いていった。 「さあここにお入りなさい」 人の身長より少し高い円柱状のカプセルがあり、言われて輝子は入った。扉のようなのが閉まった。 少しして、輝子の周りに、霧のようなものが噴き出した。だんだんと体が軽くなって無重力になった気がしてきた。 そのまましばらく時がたった。やがてあたりの霧が晴れていき、視界にはブロックのようなのがいくつか見えた。 ふと気付いた。何か厚い服を着ている気分になっていた。もしやと思い、自分の手を見てみた。長い手袋を着けている。自分の頭を触ったり体を見たりしてみた。そして理解した。さっき見たカプセルに入った小さな鎧を今自分が身に付けているということに。 「どう?気分は」 どこからか声がした。そのあと、何か2つの大きなものが近づいてきた。 自分が今どういう状況かは、事前に聞かされた情報によって理解することはできた。 周りのブロックのようなのは、家具というか設備の足元の部分。 近づいてきたものは、こちらから見ると大きな2本の柱のようで、全体が肌色で、下のほうは黒色であった。 冷静に直視して、それが先生の足とパンプスのハイヒールだとわかった。 「あ、はい、えーと、私今小さくなってるんですね。すごい、不思議な感覚です。周りの品物がみんなでっかく見えます。えーと、これ、先生の足ですよね。ストッキングの網目がはっきりと見えます。先生の靴、黒くてつやつやで、興奮します。少しだけ汚れてますけど」 「あなた、そういう趣味なの」 「いえ、そういうわけでは」 「じゃあ早速、お兄さんの体の中に入っていくわよ。さあここに乗って」 先生の声と共に、また何か近づいてきた。今度は肌色の平べったい物体だ。自分のすぐ前に止まったそれをよく見て、それが先生の手の平だとわかった。輝子は、その上へよじ登った。登り切ってそのでこぼこした地面の内側に少し歩いたあと、揺れを感じた。その揺れがずっと続いていて、先生が自分を必要なところへ運んでくれているということは理解した。上のほうを見ると、それほど遠くないところに先生の顔と白衣が見えた。 「さあ降ろすわよ」 その声のあと、地面、というか手の平が傾き出した。そして輝子はそこから下へ落ちていった。そのあとすぐ別の地面にたたき落とされた。落下の恐怖を感じたがそれは一瞬の間だけだった。地面にぶつかったときも、痛みどころか衝撃らしきものも感じなかった。自分が着けている鎧の効果、というよりは、小さな生物は空気抵抗で落下速度が減少するためか。 周りを見てみると、さっきより少し濃い肌色の地面に黒い草がたくさん生えていて、近くには大きな洞窟の穴があった。 「その鼻の穴から入っていきなさい」 また先生の声がした。それにより、ここは兄の鼻の近くで、草のようなのはヒゲだとわかった。洞窟の入り口のようなのが鼻の穴と知り、少しためらいながらも、言われた通り、そこから入っていった。 中は真っ暗だった。そう思ったすぐあと、少し明るくなった。自分の首を動かしたときにその明るい部分が視点についていっている。頭の上にライトが付いているらしかった。 少し奥のほうへ歩いたあと、また声がした。 「そのままずっと歩いていって。方向はこちらから指示を出すから。あなたがお兄さんの体のどのあたりにいるかはこちらはレーダーでわかるわ。あなたが見ている景色もカメラからモニターに映し出されているのよ」 その先生の声を聞いたあと、言われた通りのほうに進んでいった。 兄は、天井のほうにあるモニターで同じ画像を見ていた。 「へえ、これがぼくの体の中で、あいつがそこにいるんだ」 上のほうを見ながら寝ている状態で話し出した。それに対し、先生がつぶやいた。 「お兄さんはあまり動かないで」 兄は話すのをやめた。 先生からの指示を聞き続けていて、輝子はふと思った。そして言った。 「そういえば、先生の声が聞こえるんですね」 先生は答えた。 「無線で会話できるようになっているんでしょ」 輝子は納得した。いや、装置を通じて聞こえてくる声が機械の音のようで、それによりすぐ理解できるはずではあったのだが。 兄の体の中のでこぼこな地面を、歩いたり、飛んだり、よじ登ったり、滑り降りたりしながら、指示された方向に進んでいった。 上ったり降りたりするのが苦にならないのは、やはり体が軽いせいか。 洞窟の途中にある別の穴から風が出てきたり入ってきたりしていた。 「そこから入るのよ」 怪物がいるのが肺のあたりである。ということは、そこから呼吸のための空気が出入りしているということか。 輝子は、空気が穴に入っていくタイミングを見計らって、その流れに乗った。体が浮き、風に飛ばされる勢いで穴の奥へ飛んでいった。体が軽いからできる芸当なのだろう。
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