兄さんは女装をやめられない

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兄さんは女装をやめられない

「いかがでしょう。こちらは、実験のサンプルとなりえます。もう一方は平凡です。これなら博士のお目にかなうと思われます」 「うむ、いいだろう、早いうちに連れてきてくれ」 「それでは近くのものに連絡を取ります」 輝子(てるこ)は悩んでいる。 自分自身に問題があるのではない。 兄に問題がある。 女装が趣味なのである。 これにどうしても耐えられないのである。 普段は男の姿で普通に働いている。 生活費もしっかりと納めてくれる。 他人に迷惑をかけているわけではない。 でもそれだけはどうしようもなかったのである。 自分はというと、普通に制服を着て高校に通っている。 そんなあるとき、校内を歩いていて、ふと呼び止められた。 「あなた、ちょっといいかしら」 振り返ると、白衣の女性の姿があった。 「あっ、保健室の先生。なんでしょうか」 「あなたの兄さんを連れてきてくれないかしら」 兄は、仕事で出かけているときを除いて、ずっと家の中にいる。 食事とトイレと風呂のとき以外は、自分の部屋から出てこない。 居間に大きいテレビがあるが、いつも自分の部屋にあるテレビを見ている。録画機もあるようだ。 食事は、輝子が作って用意してあげている。家事全般も輝子がやっている。 兄が食事のために台所にやってくる時間は不規則である。 女装している兄とは顔を合わせたくなく、他に話すことがあるでもないので、兄がいないときを見計らって自分が飯を食うのが大変だったりする。 だけどその日は事情が違っていた。輝子は台所に来た兄に話しかけた。 「お兄ちゃん、ちょっといいかしら」 輝子とその兄は、保健室の先生が運転する自動車に乗っている。 「でも驚いたわ。あなたがお兄さんだったなんて」 「だけどひでえな。ぼくの姿を見て、輝子のお母さんだなんて」 「だって、あまりにも美人だし」 「おれそんなにふけて見えるかなあ」 「ふふ」 2人の会話に、輝子はついていけなかった。 「だけど、私からの誘いに、お兄さんは仕事のとき以外は女装をやめたくないって、妹さんから電話があって、それで私が車で送り迎えすることになったわけだし」 「すみません。だけど、女装で外出るのは初めてなもんで」 「お兄ちゃんにその格好で外歩かせるわけにはいかないでしょ」 「それで、部屋からハイヒールを持ち出して今履いてるし。帰ったらまた洗わなくちゃ。ところで、ぼくの女装を直すって、本当ですか」 先生は突然、ブレーキをかけた。車が急停車した。 「あなた、今なんて言ったの」 「いや、ぼくが女装する趣味をやめられるようになるから来てほしいってこいつに言われて来てるんだけど」 「あなた、お兄さんにそんなことまで話したの?」 「だって、来てほしいって言ったんだけど、今ネットで忙しい、目的もなくどこか行くのは意味がない、と言うもんだから、それで、女装をやめられると話したら、急に、行ってみる、とか言い出して」 「お兄さん、あなた、自分の女装趣味に疑問を持ってるの?」 「いや、そんなことない。全然楽しい。こういうのに出会ってとってもうれしい」 「じゃあ、どうして来る気になったの」 「何か面白そうだから」 「よくわからないわね」 先生は車を再度発進させた。 「さあ、着いたわよ」 そこは、病院のような、科学の研究所のようなところであった。 駐車場に停めた車から、3人は降り、先生が先に歩いていき、そのあとを2人が付いていった。 そして建物の入り口のところまで来て、そこから入っていった。 廊下をしばらく歩き、そしていくつかある扉の1つを先生が開けて入っていった。 「博士、お連れしました。あなた達、入ってきなさい」 言われて2人も部屋に入った。 「おお、君達か」 博士は座っていた椅子から立ち上がり、2人を観察し始めた。 「うん、条件ぴったりだ。それで君は男なんだね」 言われて、兄は答えた。 「え、そうですけど」 「それじゃ、すぐにても始めようか。付いてきたまえ」 博士は部屋から出て廊下を歩き出した。他の3人も一緒に付いていった。 いくらか進んだところで、博士が立ち止まった。 「ここじゃ」 大きな両扉があった。 それが自動で開き、4人はそこから入っていった。
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