思い出づるこしかた語れ、秋の夜の月

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 私の茶道趣味をどこで知ったのか、会社の同僚がまるで(あげつら)うように言った。   「おい、梨元、お前、茶道やっているんだってな。茶道教室って着物姿のおばさんが行く処じゃないのか。お前がそんなところに居る姿を想像するだけでも笑いたくなるわ。そんな時間があるんなら恋人でも探しなよ」 「余計なお世話だ。他人の趣味に干渉しないでくれ。ゴルフにも、英会話にも、西洋思想にも飽きたんだよ。もう、落ち着きたいんだよ」  このように私が正直に返答すると、きまって私は会社の同僚から奇異の目で見られた。しかし、そんなことはどうでもよかった。私には師匠の接吻の相手がどういう人間なのか、今はそのことにしか興味はなくなっていた。  日が経つにつれ、いつの間にか茶道教室に通う目的が変わって来ていた。茶道のことなどそっちのけで、もっぱら師匠を観察することに時間を費やすようになった。これは最早、ストカーと言ってよかった。一人の人間を執拗に観察することと執拗に付き纏うことと一体どれだけの差があるというのだろうか。師匠もそんな私の眼差しの変化に気付いたのか、ちょくちょく横目で私の方を見るようになった。そして、その度ごとに私は素知らぬ顔をして辺りを見渡した。だが、師匠の怪しげな眼差しを発見するのにそんなに時間は要らなかった。一言で言えば、師匠は俗人だったのだった。師匠は茶道教室に通う一人のうら若い女性にウィンクしていたのだった。
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