五人囃子脱走

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

五人囃子脱走

雛祭りを前に事件は起きた。 五人囃子が労働環境と賃金への不満を訴え、ストライキを決行した。 しかし、宮中の旧態依然とした考え方はか変わらず、賃上げ交渉は決裂。 五人囃子がいるべき雛壇には『五人囃子パワーアップ中』の垂れ幕だけが残された。 五人囃子は以前から和楽器バンドとしてのメジャーデビューを夢見ていた。動画投稿サイトに演奏動画をUPし、芸能事務所が主催するオーディションを受けまくった。 しかし現実はそう甘くはない。メジャーデビューを果たしたものの、売れない。バンド一本ではとても食べていないので、五人全員アルバイトをしている。外食産業、倉庫作業、コールセンター、イベントの人員整理。宮中のお抱え音楽隊の方が楽だったと思えるような辛い仕事ばかりだった。 それでも、若い五人囃子たちは、いつか自分たちのオリジナル曲でヒットを飛ばすという夢を心の支えに、アルバイトとバンド活動、二足のわらじを履いて必死で頑張った。 しかし、そんな五人囃子たちもバンドとアルバイトの二足のわらじ生活が三年も続くと、ぽつりぽつりと現実を見てバンドから脱退していく者が出てきた。 「こっちで彼女と結婚したいから就職する」 「音楽は趣味でやっていくよ」 「バイト先で社員になれるから」 「ダメ元で、頭下げて宮中に戻ろうかな」 四人に去られた謡い(ボーカル)は、ホストクラブでラストソングを歌うことで辛うじて歌い手としてのプライドを保っていた。しかし、ホストの世界も競争が激しく、いつの間にかホステスのヒモに転落、彼女のご機嫌を取り、家事をせっせとこなす日々だった。 「俺も宮中戻ろうかな…」 ときとぎ独り言をこぼすものの、宮中の堅苦しい生活よりも、裏社会の淀んだ欲でギラギラした生活が気に入ってしまった。ときどき入る怪しげな仕事も、宮中で生きてきたときと違うスリルがあって辞められない。 あるとき拳銃の運び屋をやらされたときは、しくじったら殺される恐ろしさよりも、裏社会の一員として認められた気がした。とかげの尻尾として便利に使われていることはわかっている。でも、この背徳のスリルは病みつきになる。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!