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夫婦漫才
取り残されたお内裏さまとお雛さまは、静まり返った段飾りの一番上で決意を新たにしていた。
「実は皇族として厳しく育てられてきましたが、面白いことが好きなのです」
お内裏さまがそう言えば、
「私もお上品にしとやかにと育てられてきました。でも、本当は下品でお転婆なのです」
お雛さまも扇で口元を隠しながら、茶目っ気たっぷりに答える。
「二人でお笑いをやりませんか?」
「まあ、楽しそう。五人囃子も三人官女もいなくなるということは、きっと向こうは楽しい世界なのでしょう」
「そうです、私たちも行きましょう」
お内裏さまがお雛さまの手を取って、あちらの世界へと旅立っていく。
そして、雛人形の段飾りには桜と橘、道具類だけが残され、人形は全ていなくなった。
やんごとなき身分でちやほやされてきた二人だが、なんと向こうの世界で夫婦漫才をしたら、独特の天然ボケとゆったりとした間合いが受けて大ブレイク。
持ちネタは『宮中から出て現代に来て困ったこと』シリーズ。お内裏さまがお部屋探しに訪れた不動産屋さんでお雛さまはOL姿、スーツを着て営業担当に扮している。
「もう少し天井の高い部屋はないか?烏帽子がクシャってなると落ち込む」
お内裏さまが雛人形そのままの格好で言うと、スーツ姿のお雛さまが、
「烏帽子止めて洋服着ましょう、明治で洋服が正装になったそうですよ」
「な、なんと…その短すぎる袴もどきが正装と?」
「スーツのスカートは下から覗かない!捕まりますよ、高貴な身の上で何やってるんですかねぇ、もう」
「良いではないか、フフフ」
「それはベタな悪代官、身分が違いますよ」
「もっと地面に近い部屋はないのか、体が宙に浮いているようで落ち着かない」
「そう言わずに慣れましょう、高層階は見晴らしもいいし、陽当たりも抜群です」
「七段飾りのてっぺんより高いところに住むなんて無理…絶対無理だし」
床に座り込んで、いじけるお内裏さま。スーツ姿のお雛様は、
「じゃあ段飾りみたく赤い敷物を敷きましょう。現代風に言うとカーペットといいまして、赤いカーペットを基調にインテリアを決めれば大丈夫ですよ」
「なるほど、似た環境を作れば住めるかもしれない」
「あら、お客様、大変申し訳ないのですが、入居審査が通りませんでした。 いったいどちらからいらしたんですか?情報が真っ白ですよ」
「時を越えて平安から来ましたし、なんなら顔も真っ白ですけど?審査通ってないなら最初に言ってよ、高いところ怖い!」
こんな感じの緩いネタが受けて、二人の夫婦漫才、宮中から出て困ったことシリーズは、ときにレストラン店員と客、運転免許を取りにきた生徒と教官などシリーズ化されていった。
事務所にかなりピンハネされているものの、二人は人気芸人として確固たる地位を築きあげた。
ところが…。育ちが良過ぎて人を疑うことを知らない二人は、事務所の先輩に誘われて、反社会的勢力の忘年会で事務所を通さず闇営業をしてしまう。
その忘年会には、五人囃子の謡い(ボーカル)が面影もないやさぐれた姿で参加していた。五人囃子の謡いはすっかり反社会的勢力の一員として幅を利かせるようになって、悪どい顔つきに変わっていた。
活動自粛を余儀なくされたお内裏さまとお雛さまの夫婦漫才。あっという間に食べていくにも困る生活になってしまう。
二人は元の雛人形の世界に戻ることを決めて、脱走していった、五人囃子、三人官女、随人、衛士についても、罪には問わず受け入れるとおふれを出した。
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