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名付けて『なんかもうメンドくさいから樫野センセとモブ彼氏への好意を俺にすり替えちまうかあとのことは知らん作戦』決行中の俺に、両サイドから突き刺さる視線。
興味深そうに、愉しそうに。視線を合わせずともどちらもじっくりと俺の表情の変化を捉えているのがわかる。
それは夢咲も同様で、二人とは多少意味合いが違えども、決して俺から目を逸らさない。そこには少しずつ、けれども確かな熱が宿り始めた。
想い人が二人もいると言っていたのに、その舌の根が乾かぬうちに今度は別の男に心を傾けていくとは。その様はなんとも尻軽という言葉がぴったりで、”俺”という存在にしっかりと食いついている事実に内心ほくそ笑む。
すっかりメスの顔になったお手軽ビッチちゃんはやっぱりカワイイネ。
「夢咲くんが樫野センセを好きなのはよくわかったよ。でもさ、よく考えてみて。このご時世、教師と生徒が恋愛をするには随分と障害が多いと思わない?」
「…そ、それは………でもっ…愛があればそんなのは関係ないと思うし……」
「うん、それは俺も同感。大事なのは気持ちだしな。ただ、樫野センセの立場で考えても同じことが言える?」
「……え?」
きょとんと大きな目を瞬かせるビッチちゃん。
俺の問いかけに、まるで意味がわからないと言わんばかりに小首を傾げている。
もともと少し思慮の足りないコなのか。
それともこれも一種の恋は盲目とでもいうべきものなのか。
樫野センセを好きだというわりには、まったくもって配慮に欠けている。
「もしこれが生徒同士の恋愛だったら話は違っていたかもね。でも、夢咲くんが望んでんのは”教師”との恋愛、樫野センセとの恋愛だ。もし上手くいったとして、その後のことは考えた? 生徒である君はまだいいかもしれないけどさ、教職の立場でありながら未成年の生徒に手を出したセンセはどうなると思う」
「…………」
「そ、犯罪だね。そこに気持ちがあったかなんて関係ない。互いに思い合っていたから大丈夫なんて生ぬるいハッピーエンドにはならないんだよ」
言い聞かせるように、ゆっくり落としていた言葉を一度切る。
目を伏せ、君のことを心配してるんだよと伝えるように、表情に憂いをのせて。
その実、表情と内心が乖離していることなど微塵も悟らせず。
だって樫野センセがビッチちゃんに落ちることを前提として話をする俺自身にも、あたかもすべて事実であるかのようにつらつら言葉を並べていることにも、控えめに言って笑いしかねえわ。
教師が生徒に手を出すのは犯罪だって?
そりゃそうだ。んなこたぁ誰でも知ってるさ。でもここは八ツ霧学園だ。世間一般的な学校とはまるで違う。
独自のルールと秩序で形作られた、極めて異質な閉鎖空間。
世間の常識や倫理観なんてものは通じない。
そして、そういった学園内のセンシティブな情報が外部に漏れる可能性も限りなくゼロに近い。
なんでそんなことを編入したての俺が知ってるのかって?
さっき生向委員たちからもさらっと教えてもらったし、かなりの情報通と思われる都弥にも一通り学園の特異性については聞かされていたからさ。
「さて、それを踏まえた上でもう一度聞くよ。君は樫野センセを犯罪者にする覚悟で、センセに告白しようとしているのかな?」
内心爆笑の嵐が巻き起こっていながらもそれが微塵も表に出ず、さらにはにっこりと笑みをつくれるのだから、やっぱり俺の表情筋は超優秀だ。
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