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ロマンティックの作り方
二人の男女がお互いに背を向けて歩き出す。
それは、よくある愛の終わり "のようなもの" だった。
気持ちは離れずとも、少しの意地の張り合いがもつれ合い、解き方が分からずにハサミで切ってしまったような別れ。
別れの理由は特筆すべき程でも無い程に些細で、どちらにも非がある答えの出ないようなそんなよくある一幕。
要は引っ込みがつかなくなってしまったのだ。
二人は、数年前に二人が初めて出会った思い出のカフェをどちらともなく選び、淡々と別れ話をした。
互いに怒り合わず、ただ悲しみに飲み込まれて疲弊していた。
心では二人共復縁を望んでいたが、言い出す事は出来なかった。
そうして二人は別れの挨拶も程々に、店を出て人通りの多いカフェの前の通りを別々の方向へ歩き出した。
背の高い気弱そうな痩せた男が、汗ばむ手を握り立ち止まり後ろを振り返る。
その視線の先には、しっかりとした足取りで一歩ずつ前へ進む愛した人の姿があった。
そして切なげにそれを見送るように目を細めた後に、もう一度前に向き直り、彼は歩き出す。
今しがた指輪を外したばかりの気の強そうな女が、後ろ髪をひかれるように後ろを振り返る。
その視線の先には、背筋を曲げてゆっくりと歩く愛した人の姿があった。
そして、何かを期待した自分を奮い立たせるように首をニ度横に振り、もう一度前に向き直り、彼女は歩き出す。
その二つの視線は、たったの三秒の差で、混じり合わせる事が出来なかった。
もう一度、しばらく未練を断ち切れないだろう悲しい男が後ろを振り返る。
しかし、もう人ごみに紛れてしまった小柄な彼女の姿を見つけ出す事は出来なかった。
彼女を探そうと、彼は前へ踏み出そうとしたが、通行人とぶつかりそうになり慌てて歩を戻した。
もう一度、今日だけは久々に泣くかもしれない悲しい女が後ろを振り返る。
人の壁が邪魔をしてきたが、その隙間から一瞬こちらを見ている彼を視線に捉えた。
彼がこちらに踏み出そうとしたのが見えて心臓が跳ねる想いがした彼女は、咄嗟に彼の方へ歩み寄ろうとした所で、もう一度見えた彼が後ろを向いている事に気づき、立ち止まって目尻を拭った。
視線が交わり合う事は無く、別れに天使は微笑まない。
人ごみは視線を遮り、二人は別々の道を行く。
二人の愛が終わったのは「さよなら」と言った瞬間ではなく、人ごみの中でのその瞬間だった。
出会いのあの日の奇跡を、二人は忘れていた。
「またね」と言って別れた後に、互いに振り返った視線が混じり合い、出会いに天使が微笑んだあの日、沢山の偶然が積み重なっていた事を二人は忘れてしまっていた。
出会いの偶然を運命と呼ぶのなら、別れはどうだろう。
二人の別れの日、もしその視線が混じり合わさっていたなら、二人はどうなっていただろうか。
思わずとも偶然に身を託してしまった二人に、天使は微笑まなかった。
お互いに本当の気持ちも分からぬままに、終わっていく。
死別を除いた別れ以外に、運命の別れなど無い。
いつか、二人がそれに気付いて、また始まる日を天使は待っている。
それからしばらくして、どちらからともなく謝り久々に会った二人。
そうして二人は思い出話も程々に、店を出て人通りの多いカフェの前の通りを別々の方向へ歩き出した。
それから少し経って振り返った二人の視線が、人ごみの中でもちゃんと混じり合った事は、言うまでも無い。
何故なら、ロマンティックはそんな風に作られていくのだから。
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