欲望の先へ

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振るった太刀を鞘に仕舞い、闇に戻す。 銃刀法のあるこの国では存在してはいけない太刀は、この世界にいる時だけ現界する幻想の太刀。 人の思念が声となり叫ばれるこの世界に、沈黙をもたらす唯一の私の力だった。 「いやー、凄いね。三ヶ月前まではただの女子高生だったのに、今ではこの世界の女侍! やっぱり日本と言えば、武器は刀だよね〜」 静かになった深淵の世界で、青年はーー【死欲】は満足そうに笑い、嬉しそうに両手を叩いて賞賛した。 「さて、君の戦いは始まったばかりだ。今は小さな欲を消しているだけだけど、いつかは【九頭欲の使徒】である【欲】の頭(かしら)と戦い、そしてーー」 そこまで言葉を紡いだ【死欲】は私を見据え、告げる。 「七つの欲を抑制し、人を【死欲】からーーひいては、その元となる【無欲】を消せるといいね」 初めて太刀を振るい、この言葉を聞いた時。 私のような自殺願望を抱く人間をこれ以上増やさない為抑止するのかと思ったが……彼の言葉の真意は違う。 「……言われなくても、私は私の【欲】に従い闘うだけです」 不必要な関わりは避けたい。 そんな感情の思うまま私は【死欲】の言葉を自身の言葉で打ち消し、背を向けてこの場を去る。 「うん、いい返事だ。頑張って!」 そう言って【死欲】は笑うが、彼は必ずこの後に言葉を続ける。 目の前にある事実を、私と共有するかのように。 「己が無意識に司っている【無欲】を抑制し、【死欲】の僕だけを殺す。【無欲】の先にあるのが【死欲】だとしたら、僕たちは裂くことの出来ない関係。それをどう断ち切るのか……まぁ、先は永いんだ。ゆっくり考えながら、闘うといいよ。ーー僕は【死欲】として、最果てで待っているから」 距離は遠のくのに、言葉は纏わりつくように耳や脳に絡んでくる。 ……いや、絡むだけならまだマシかもしれない。 彼の言葉は刻まれ、消えない存在となる。 どれだけ突き放しても、逃げてもーーそこに【死欲】は確かに存在する。 【死欲】である彼と、【無欲】である私。 告げられた言葉の通り、裂くことの出来ない関係を示すような声の浸透に、抗う術はまだない。 だけどいつか、いつかーー“先”を見てみたい。 【無欲】の先に【死欲】があるのなら。 【死欲】に呑まれて自殺した自分の先に、今の生きている自分がいるのなら。 私はーー【死欲】の先を、この目で見たい……。 そこにあるのが虚無の世界か、有限の世界か。 分からずとも、この足が止まることはないのだろう。 「……【無】を望む【欲】。可能性を秘めるが故に、異端としての存在のみを許された【欲】。君の描く【無】は、何を消すのか……今から楽しみだよ」 さぁ、今日も闘おう。 人ごみの先に現れるこの世界で。 雑踏に紛れ、感情に呑まれ。 それでも尚、この足が進んだ“先”の景色を見る為に……ーー。 《終》
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