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暗闇に覆われた道を北川の自転車のライトだけが照らしている。
――やっぱり、うちの部はおかしい。
プライベートを潰すレベルの長時間練習に高額な自爆営業、無闇にのさばるOB、そしてアルハラ……北川の不信感はさらに強くなった。このまま自分は合唱部にいてもいいのだろうか?もう辞めてしまった方がいいのではないだろうか?ペダルを漕ぐごとに自分への問いかけが浮かんでくる。その一方で、辞めるという選択がパートリーダーという職責を全うできずに投げ出すということなのではないか?自分が辞めることで周りに大きな影響を与え、迷惑をかけてしまうのではないか?という考えも北川の頭からこびりついて離れずにいた。
いくら真夏とはいえ夜は多少なりとも涼しさは残っていた。自転車が切っていく風がハンドルを握る腕から熱を奪っていく。ふとそのとき、北川は気づいた。
――学ランの上着、忘れてきたな。
北川は一瞬、躊躇した。もう夜も遅く、下手をしたら午前0時を回ってしまう。だが、汗がついた学ランをそのまま音楽室に放置するわけにもいかないという思いもあった。北川はUターンをし、学校へ向かって自転車をこぎ始めた。
北川が帰ってからすでに20分以上の時間が過ぎていたが、音楽室の明かりはまだ灯っていた。北川は自転車を停め、荷物をまとめてある裏口に回ろうとした。そのときだった。
「なぁ、やっぱり正解だっただろ?」
岩田の声だった。
「はい。本当に岩田先輩が言った通りでした。特にパートリーダーの件」
今度聞こえたのは田辺の声だった。パートリーダー、という言葉が出た瞬間北川の足が止まった。
「北川はいつ辞めてもおかしくなかったけどな。役職でがんじがらめにしたら辞めづらくなるだろうって思ったんだよ。ああいういろんなところに気を使ってばっかりのタイプは特にな」
得意げに岩田が語る。
「1人辞めると芋づる式に辞めますから。本当によかったと思います」
会計の小泉が岩田に同調した。
「NHKのコンクールなんかだと明確に人数の上限が決められてますけど、普通のコンクールでは声量のコントロールを効かせやすいという意味で人数が多いほうが圧倒的に有利ですからね。部の戦略上誰1人やめさせるわけにはいきませんから」
そう答える学生指揮者の山口の姿を凝視しながら、北川は拳が震えるのを堪えている。
「で、あいつの様子はどうなんだ?」
「頑張ってますよ。1年からの人望も厚いです」
岩田の問いかけに小泉がそう答える。
「だとすると余計にがっちりこっち側に組み込んでおかないといけないな……」
「だから二次会に連れ込んだんですね」
田辺が感心するように頷く姿が、音楽室から漏れてくる光に照らされた。
「でも北川の奴むくれて帰っちまったよ」
「本当に空気が読めなくて困ります」
今度は小泉の声だ。やや呂律が回っていない様子だ。
「北川が辞めると言った瞬間部員がゾロゾロ辞められたらたまったもんじゃないからな」
「そうですね……1年以上もいるんだから、そろそろ部のカラーに染まれって話ですよ」
「そうだよな」
集まっている3年生とOBがこぞって頷いている。北川はたまらず踵を返し、再び自転車に跨った。
「何がカラーに染まれだよ!何が空気が読めないだよ!」
夜中にも関わらず、北川は自転車を漕ぎながら大声で叫んでいた。人が見ていないところとはいえ、感情を押し殺すことの多い北川がここまで感情をあらわにするのは珍しいことだった。
そもそも論として合唱というものが好きで、合唱部に居続けることを望んでいたのであれば北川もここまで感情を荒ぶらせることはなかったのかもしれない。しかし北川が合唱部に入ったのは決して音楽が好きだった、とか、合唱を聴いて感動した、とかそういった理由ではなかった。
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