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仮入部
今から遡ること1年と3ヶ月前。合格発表という満開の桜が咲いた1ヶ月後のことだった。
「入る部活、決めた?」
授業を終えて玄関に向かっていた北川は突如、上級生に呼び止められた。
「いえ、帰宅部を考えています」
「帰宅部なんてやめときなって。合唱部に入らない?」
「いえ、合唱あまり興味ないんで……」
「合唱に興味あった人なんて今の部員にもほとんどいないから。問題ないよ」
「それに勉強にも集中したいですし」
「大丈夫。野球部みたいに1日3〜4時間とか練習時間とられないから。多くて1時間から2時間くらいだよ」
「でも……」
「とりあえずこっちで話を聞いてみてって、頼むから」
目の前でバツが悪そうに目を細めて手を合わせる上級生。このときに断りきれなかったことが北川の高校生活を大きく変えてしまった。
案内された教室では北川の他にも多くの1年生たちが勧誘を受けていた。北川の席についたのは2人。当時3年生だった岩田と、2年生の田辺だった。
「合唱部に入れば音楽の成績は必ず5をつけてもらえるから、推薦入試に有利だよ」
「全国大会にも39年連続で行ってるし遠征も多いから色んなところに旅行にも行けるよ。遠征は部費でまかなうからそこまでお金もかからないんだ。お得だよ」
「全国大会に行くと指定校推薦がもらえる可能性があるから、受験にも絶対プラスになるよ。それに、実際勉強と両立して成績がいい人もたくさんいるよ」
美辞麗句を並べ立ててあの手この手で首を縦に振らせようとする岩田と田辺。
「これだけの魅力があるんだ。損はさせない」
岩田がそう言い切る。
「損はさせない。だから君の力を貸して欲しいんだ」
そうダメ押しをしたのは田辺だった。
「そこまで仰ってくれるのは嬉しいのですが、僕は合唱部に入る決心は正直言ってつきません」
なおも難色を示す北川の前に、岩田は1枚の紙を置いた。
「だとしたらコレを書いてもらう形ではどう?」
岩田はそう言いながらボールペンを紙の隣に置いた。紙の上の部分には「仮入部届」と記されていた。
「この届けには強制力はないんだ。だから気軽な気持ちで書いてもらって大丈夫。まぁ何度か来てもらわないといけないイベントはあるけど、それだけだから」
「まぁ人助けだと思ってさ、書いてよ」
「……わかりました。仮入部ですね」
北川は2人に押し切られる形で仮入部届けにペンを走らせた。名前、クラス、出身中学、中学のときの部活動、そしてSNSのID……必要事項を記入して手渡すと、
「じゃあまた連絡入れるから、またね」
そう言って岩田は漸く北川を解放した。15分以上の時間が費やされていた。
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